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2019-03-05 00:00
(連載1)ブレグジットの背後にあるロシアの存在
河村 洋
外交評論家
多くの専門家とメディアがウエストミンスターでの英議会内のやり取りとイギリス・EU間の外交交渉を注視する一方で、ロシアのウラジミール・プーチン大統領によるEU帰属国民投票への工作を手助けしたイギリスの犯罪人にはそれほど大きな関心は払われていない。言い換えれば、現行のブレグジットはクレムリンおよびアロン・バンクス氏やリーブ・EUといった国家反逆者の意志ではあっても、国民の意志ではないという疑問がある。EUとの交渉期限となる3月29日は近づいているが、手続きは延期させるべきだと思われる。さらにバンクス氏の事件は、アメリカでのトランプ氏の選挙運動に関するロシア捜査とも強く関連し合っている。こうした観点からすれば、ブレグジットの正当性と合法性に関する問題がもっと注視されるべきである。
まずバンクス事件について述べたい。国家犯罪対策庁(NCA)は2016年8月のブレグジット投票から、この件を捜査してきた。昨年11月、イングランド・ウェールズ高等法院はNCAが持ち込んだ事件の判決に向けて手続きを進めていた。そうした中でヨーロッパ在住のイギリス人達は12月にブレグジット運動の団体ボート・リーブを不正支出で提訴してブレグジットの破棄を迫ったが、高等法院は団体には6.1万ポンドの罰金を科して個人の学生活動家達にも別に罰金を科しただけだった。本件の政府代表で勅選弁護人のジェームズ・イーディー氏は「離脱手続きがかなり進んだ今となっては、ブレグジットに法的な意義を唱えるのは遅すぎる」と論評している。バンクス氏とリーブ・EUに関しては、2月に個人情報保護委員会(ICO)がブレグジット運動のためとして行なった個人情報保護違反に12万ポンドの罰金を科した。しかし彼らが及ぼした国家安全保障上の重大な問題を考慮すれば、この程度では済まされない。バンクス事件はトランプ氏のロシア疑惑とも深く関わり合っているばかりか、NCAの捜査が進めばナイジェル・ファラージ氏とUKIPに関しても何かが露呈するかも知れない。ファラージ氏は自身の同志であるヨーロッパとアメリカの極右と同様に、プーチン氏を称賛している。
きわめて不思議なことに、ブレグジット投票でのロシアの介入についてはドーバー海峡の両岸ともほとんど取り上げようとしていない。中でもウエストミンスターのブレグジット強硬派はEU官僚機構による煩雑な規制とブリュッセルから独立した国家主権にばかり目を奪われ、より重大なロシアの脅威は彼らの愛国心の警戒を呼ばないようだ。国家生存の観点からすればEU官僚機構は煩い規制組織に過ぎないが、ロシアは工作員を送り込んでスクリパリ父子毒殺未遂を起こしたうえに、イギリスの海域および空域には彼の国の戦闘機、核爆撃機、海軍艦艇が入り込んでいる。しかし問題はイギリス側だけにあるのではなく、ダウニング街もブリュッセルもリスボン条約第50条に従った適正な法手続きだけを念頭に置いている。言い換えれば、メイ首相はブレグジット投票の単なる執行人として振る舞う一方で、EU首脳陣はイギリスと大陸諸国の間の長年にわたる対立に気を取られている。
そうした杓子定規な単純思考に鑑みて、自由民主党のレイラ・モラン下院議員は1月10日付けの『インデペンデント』紙への寄稿で「プーチン氏がブレグジット投票でイギリス国民の票を盗んだにもかかわらず、メイ氏が再度の国民投票を拒否するのはどういうことか」と疑問を呈している。また「ブレグジット強硬派がEU側をナチスに擬えながら、プーチン氏のような本物の脅威を見過ごしている」ことを批判している。さらにアロン・バンクス氏には、ブレグジットの設定期日後も続くNCA捜査でリーブ・EUへのロシア資金の献金についてもっと明快に説明するように要求している。にもかかわらずブレグジット強硬派はイギリスの「ヨーロッパからの独立」だけを気にしている。きわめて興味深いことに慶応大学の細谷雄一教授は1月18日の『ニッポン放送』ラジオ番組で「保守党がイデオロギー的に非寛容になったのはマーガレット・サッチャー時代からで、それが顕著に表れるのは同氏の強固な反社会主義および反欧州統合の主張である」と指摘している。(つづく)
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