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2019-03-11 00:00
米朝「決裂」と「評価」の狭間で
鍋嶋 敬三
評論家
鳴り物入りの米朝ハノイ・サミット(2月27-28日)は合意文書なしにトランプ大統領が金正恩労働党委員長との会談の席を立つ「決裂」に終わった。北朝鮮の「非核化」への進展の期待は大きく裏切られた。第2回サミットの結果について欧米の識者からは合意がなかった「失敗」の反面、制裁解除を認めなかった点で「正しい」判断だったとの評価もなされている。決裂の主因は複雑極まる非核化交渉について、実務レベルー閣僚級での詰めをしないまま、首脳会談での決着を目指すという例を見ない外交スタイルが裏目に出たということである。最終的に打開を目指す首脳会談の前には、事務レベルでの周到な準備に基づいた信頼関係の構築が不可欠であることは常識だが、トランプ、金両首脳にとってそれは「違う世界」のことであったのだろう。
米朝交渉ではっきりしたことは、今さら言うまでもないことだが、米国と国際社会が目指す「完全で検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」の短期間での実現は極めて困難であるということだ。北朝鮮は、コーツ米国家情報長官の議会証言のように金体制維持のために核は決して手離さない。交渉に際しては譲歩を小出しに、より大きな獲物を手に入れる「サラミ戦術」を捨てていない。寧辺(ヨンビョン)の使用済み核施設の廃棄と引き替えに国連安全保障理事会決議による制裁措置の核心部分のすべての解除を要求しているのはその好例である。この基本姿勢と交渉戦術は6カ国協議を含めた25年間の非核化交渉で一貫している。北朝鮮は1年半後の大統領選挙で再選を目指し成果を焦るトランプ氏の足元を見ており、交渉の間にも核・ミサイルの兵器精密化は極秘裏に進めうるのだ。
トランプ大統領の方もサミットの「物別れ」はマイナスばかりでもない。安易な妥協をしなかったことで得点さえも計算できる。下院でのロシア疑惑追及で窮地に立たされるトランプ氏にとって、国民の耳目を引きつけうる北朝鮮との非核化交渉は再選に向けたかけがえのない政治戦略である。非核化交渉に重要な進展がないにもかかわらず、大規模な米韓合同軍事演習の終了を宣言したのは経費の大幅削減効果をアピールするためだ。在外米軍基地の経費負担の大幅増額を同盟国に要求する構えであるのも再選戦略の一環である。さらに北朝鮮との非核化交渉でイニシアティブを取ることは対中国、対ロシア戦略の上からもテコとして使える意味がある。
ロンドンの国際戦略研究所(IISS)の核問題専門家N.シェパーズ氏はハノイ会談が外交プロセス抜きの高位サミットの限界を示すもので「一か八か」の外交戦略ではなく、実務レベルで着実に協議を進めることが不可欠だと指摘した。核、ミサイル実験の凍結や寧辺の査察と引き替えに「注意深く作成された終戦宣言」とピョンヤンへの連絡事務所の設置などの信頼醸成措置が交渉進展への重要なステップになると提言している。トランプ氏自身もCVIDに簡単に到達できるとは想定していないはずだ。交渉継続中は軍事的対決を表面化させずに済むメリットがある。とはいえ、北朝鮮の出方は不明だ。サミット直後の3月6日の衛星写真分析では、東倉里(トンチャンリ)のミサイル実験場の再建活動の様子が米政策研究機関によって生々しく伝えられた。ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、この再建活動はCVIDに対する挑戦であり、ハノイ会談でのトランプ大統領による制裁解除拒否に北朝鮮が腹を立てている表れと見立てている。「非核化」に向けてはなお紆余曲折を覚悟しなければならない。
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