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2019-05-10 00:00
自民党改憲案の法的検討
加藤 成一
元弁護士
自由民主党安倍政権はかねてより「自衛隊明記」の憲法9条改憲案を発表し、2020年を目途に憲法改正を目指している。改憲案の骨子は、現行憲法9条1項2項をそのまま残し、新たに9条の2として「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として自衛隊を保持する。」となっている。現行憲法9条1項では「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」と規定されているが、現行憲法9条1項のいわゆる「保護法益」としては抽象的な「国際平和の希求」に過ぎず、必ずしも明確ではない。そのため、改憲案では、「保護法益」は「我が国の平和と独立」及び「国及び国民の安全」となっており明確である。したがって、この点において、改憲案は現行憲法9条1項の「国際平和の希求」と矛盾しない。
さらに、現行憲法9条1項では「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使」は、「国際紛争を解決する手段として」との条件付きで放棄している。「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは、1928年のパリ不戦条約第1条の趣旨からして「侵略戦争」のみを意味し「自衛戦争」を含まない。従前からの政府見解でも、我が国を防衛するための必要最小限度の実力行使は防衛力の行使として認められると解されてきた。そのため、改憲案では、「必要な自衛の措置をとることを妨げず」となっており、いわゆる「自衛戦争」は放棄されないことが明確にされた。したがって、この点においても、改憲案は現行憲法9条1項の「戦争放棄」とは矛盾しない。
また、現行憲法9条2項では「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と規定されているが、改憲案では「実力組織として自衛隊を保持する」としている。「戦力」とは、判例によれば「侵略的戦争遂行能力を有する人的物的組織体である」(水戸地判昭和52・2・17判時842・22百里基地訴訟)から、「実力組織としての自衛隊」は侵略を目的とせず自衛のための組織であるから、戦力には該当しない。したがって、改憲案は現行憲法9条2項の「戦力」とは矛盾しない。実力組織としての自衛隊の存在が憲法上明記され、国民投票で承認されれば、「自衛隊違憲判決」は根絶し、「自衛隊違憲論」も消滅に向かうであろう。さらに、現行憲法9条2項には「国の交戦権はこれを認めない」と規定されているが、改憲案では前記の通り「自衛の措置をとることを妨げず」とされている。従前からの政府見解でも、我が国を防衛するための必要最小限度の実力の行使は自衛権の行使として認めているから、改憲案は現行憲法9条2項の「交戦権」とも矛盾しない。
法理論的見地から見れば、新たに憲法9条の2を追加し、「自衛隊明記」の自民党改憲案は、もっぱら、現行憲法9条1項2項に関する歴代自民党政権による憲法解釈や判例による憲法解釈を明確に確定するための「明文解釈規定」と解すべきである。すなわち、現行憲法9条1項2項では自衛隊や自衛権の存在が明記されていないため、共産党や多くの憲法学者の間で「自衛隊違憲論」が後を絶たず、これらを明確にし、違憲論争に終止符を打つため、改憲案が提起されたのである。「軍の存在」はほとんどすべての国で憲法上明記されている。日本国憲法のように軍に関する規定のない憲法は極めて稀であり、モナコのような小国に限られる。なぜなら、軍に関する憲法上の規定は政治体制にかかわらず、主権国家として極めて重要なテーマだからである。共産党や立憲民主党などは、自民党改憲案による「自衛隊明記」により、日本が集団的自衛権を全面的に行使し、米国と共に海外で戦争ができる国になるなどと激しく批判するが、憲法上の「自衛隊明記」と集団的自衛権の全面的行使とは明らかに別個の問題である。これらの政党は「立憲主義を守れ」などと声高に叫ぶが、憲法に自衛隊や自衛権の存在を明記せずに、「解釈改憲」を重ねることこそ「立憲主義」に反することは明らかである。自民党改憲案による「自衛隊明記」により、自衛隊及び自衛権の存在が憲法上明確になり、日本の抑止力が一層向上し、日本防衛に資することを切望するものである。
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