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2019-08-27 00:00
(連載2)「護憲的改憲」を謳う野党党首に国際法軽視を見る
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
驚くべきことに、21世紀の今日においても、日本の憲法学者の基本書に「統治権」の概念が登場する。しかしその法的根拠が説明されることは、決してない。「統治権」は、大日本帝国憲法の概念である。ロエスレルが起草した憲法案における「主権」の概念は、ヨーロッパ的過ぎて日本の風土になじまない、と伊藤博文と井上毅は考えた。そこで『古事記』における「シ(統)ラス」という概念に着想を得て、「発明」したのが、「統治権」概念であった。極めてロマン主義的な政治的配慮に基づいて大日本帝国憲法第四条に挿入された概念で、法的精緻さを欠いていた。ところが美濃部達吉は、「統治権」の実在を、ほとんど憲法学者としての生命をかけて、信じ続けた。その普遍的な適用性を信じるあまり、併合される前に存在していた韓国の「統治権」は、併合後も残存し続けている、といった空理空論を主張し続けた。国際法学者の立にしてみれば、美濃部の主張は、ほとんど小説家のものであり、全く理解できない主張であった。
恐るべきことに、21世紀の今になっても、日本の憲法学では、「統治権」なる謎の概念の実在が、絶対的なこととなっている。国際的には、全く通用しないガラパゴスな「信念」である。似たような事情は、憲法9条2項に登場する「交戦権」にもあてはまる。憲法学者は、「交戦権」が否認されているので、日本は自衛権を行使することができない、などと主張する。しかし国際法に「交戦権」なる概念は存在していない。自衛権の行使に「交戦権」の保持が必要だ、などという謎の議論を提示しているのは、世界中で、日本の憲法学者だけだ。憲法学者の議論は、国際法上の概念である自衛権を否定する議論としては、全く的外れなのである。ところが憲法学は、日本国内の大学人事、司法試験、公務員試験、マスコミを掌握することによって、ガラパゴスな議論を、日本国内においてだけは通用する常識に仕立て上げてしまった。「交戦権」は、戦前の日本においても、語られていなかった。ただし戦中においては、登場していた。太平洋戦争中の著作において、信夫淳平という国際法学者は、次のように書いた。宣戦布告を行うような「開戦」の方式は、「当該国家の交戦権の適法の発動に由るを要すること論を俟たない。その権能の本源如何は国内憲法上の問題に係り、国際法の管轄以外に属する」。(信夫淳平『戦時国際法提要上巻』[1943年])
真珠湾攻撃後の日本において、「交戦権」なるものを肯定する気運が高まった。だが国際法には根拠がない。そこで大日本帝国憲法における「統治権」や「統帥権」のような謎の概念に訴えて、国際的な「交戦権」の根拠とする、という倒錯を、信夫は犯してしまった。マッカーサーが、「交戦権」否認を通じて、否定したかったのは、これであった。つまり、自国の憲法を理由にして、国際法では認められていない行動を正当化しようとするガラパゴスな発想であった。ところが、ガラパゴス主義を撲滅するためのマッカーサーの「交戦権」否認条項が、今度は国際法における自衛権を否定する日本の憲法学者に利用されてしまった。歴史の悲劇である。この悲劇から得ることができる教訓は、次のようなものである。国内法で新奇な概念を作り出して、国際法を否定したつもりになるのは、危険な火遊びである。今後の日本はいっそう、こうしたガラパゴス憲法論の弊害に気を付けて、国際法とともに生きていくことを心がけていくべきだ。
国民民主党の玉木雄一郎代表が、「自衛権に制約」をかける「護憲的改憲」を目指すと述べているニュースを見た。とても心配である。自衛権は、国際法上の概念である。勝手な概念を国内憲法に並べ立てて、「制約した」などと威張ってみせても、必ず、国際社会で、矛盾や乖離が露呈する。現場の人間に多大な負担がかかる。政策も停滞する。やめたほうがいい。何でもかんでも憲法で制限するのが善いことだというのなら、国際貿易のルールや、国際人道法の原則なども、すべて日本国憲法で制約するべきなのだろうか。国際法規範を片っ端から憲法で制約していくと、日本の「立憲主義」の進展になるので素晴らしい、と、本気で考えているのだろうか。以前にも指摘したが、玉木氏を含めて、日本の司法試験・公務員試験受験組に、こうした発想が顕著に見られる。残念なガラパゴス主義である。繰り返すが、自衛権は、国際法上の概念である。勝手な概念を憲法に並べてたてて制約したつもりになったりするべきではない。少なくとも国際法の概念構成に沿った形で議論をすすめていくべきだ。そうでなければ、日本は必ず国際的に行き詰る。(おわり)
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