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2020-09-08 00:00
対日勝利経験に惑わされた米国の75年
古村 治彦
愛知大学国際問題研究所客員研究員
日本では、「戦前」と「戦後」の区別がはっきりとしている。太平洋戦争における敗北がその分岐点だ。日本は敗戦を受け入れ、アメリカ軍を中心とした連合諸国の占領(ほぼアメリカ軍だが)を経験した。1945年の敗戦からは日本にとっては「戦後」だ。一方、「アメリカではそのような区別はない、なぜならばそれ以降も幾度も戦争を繰り返しているからだ」という話を聞いた。確かに冷戦期においては朝鮮戦争とベトナム戦争で大きな犠牲を払っている。また、湾岸戦争も2回実施された(1991年と2003年)。日本の「戦後」である75年の間に10年以上は戦争をしているということになる。
2020年8月13日付の『フォーリン・ポリシー』誌の中でマーク・ガリッキオ氏は「日本の無条件降伏がもたらした危険な幻想(The Dangerous Illusion of Japan’s Unconditional Surrender)」の中で、この75年間にアメリカが戦った戦争は、日本との戦争とは大きく異なり、完全勝利もその後の敗戦国の体制転換ももたらさなかった、ということから、マッカーサーが使った「偉大な勝利」はなかった、と論じている。アメリカ国民には受け入れがたいほどのコストがのしかかりながら、完全勝利を得ることはできなかった、それらの戦争で国民は苦しみ、不満を持ってきたということだ。
1945年9月2日に東京湾のアメリカ戦艦「ミズーリ号」(現在はパールハーバーに展示されている)の艦上での降伏文書調印式が実施された。この時の写真や映像は残っており、今でもテレビで放映されたり、雑誌に掲載されていたりする。しかし、これ以降、このような完全な勝利による、敗戦国側がおずおずと儀式に出てきて降伏文書に調印するというような戦争をアメリカは経験していない。言われてみれば、アメリカ側が得意の絶頂になって、勝利を見せつけるということができたのは、太平洋戦争が最後だ。
このような完全勝利(日本の無条件降伏)ならば、アメリカ国民もある程度の犠牲やコストを甘受しただろう。しかし、その後はこのような完全勝利を得られるどころか、コストに結果が伴わないということが続いている。それにもかかわらず、無敵のアメリカ軍という自己評価や日本の降伏と民主化という「幻影」に縛られている。イラク戦争が一応の終結を見た後に、ポール・ブレマー連合国暫定当局(CPA)代表をダグラス・マッカーサーと比べる分析や日本の民主化についての議論がアメリカでも盛んに行われたが、とても成功したとは言えない。大成功を収めた後ほど怖い、という処世訓がある。アメリカの場合はこの庶民の私たちが持つ処世訓通りの75年間を過ごしてきたことになる。
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