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2020-09-15 00:00
(連載2)現実主義者・スコウクロフト氏の調整手腕と信念
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
湾岸危機・湾岸戦争(1990~91年)においては、クウェートを侵略したイラクに対して「封じ込め策」を取らず、多国籍軍を編成し、武力でクウェートを奪還する軍事力行使の道を整えた。戦争に勝利し、バグダッドへの進軍を途中で止め、冷戦後の新しい世界秩序形成を訴える政権の方針を準備した。当時の国家安全保障会議(NSC)において、ソ連東欧担当部長にコンドリーザ・ライス氏(スタンフォード大学教授)を取り立て、メンター(指導役)の役割を果たした。彼女は、ブッシュ(子)政権の大統領補佐官(のちに国務長官)就任時、「スコウクロフト氏のような調停役に徹する」と決心したという(回顧録“No Higher Honor,” 2011, p21)。米国の国際政治学の様々な潮流の中で、ドイツ系移民のハンス・モーゲンソー米シカゴ大学教授が古典的現実主義の理論を確立した。同じくドイツ系移民のキッシンジャー氏はその理論の実践者と位置付けられる。ベトナム戦争をめぐる評価で両者の意見は分かれていったが、軍事力に基づく勢力均衡と国益追求を重視する概念は共有している。その基本的考え方は、スコウクロフト氏、ライス氏と引き継がれていった。
スコウクロフト氏の直言は、ブッシュ(子)政権にも向けられた。イラク戦争(2003年)の直前、イラクと国際テロ組織「アル・カーイダ」の直接的結びつきを示す証拠に乏しいとして、フセイン政権打倒を目指す単独行動主義に断固反対する意見を公表したのだ(The Wall Street Journal, August 15, 2002)。対テロ戦争を進めるうえで、国際機関や同盟諸国との協調を重視していたからである。湾岸戦争の時、ブッシュ(父)政権はバグダッド寸前まで進軍したのち、停戦した。同氏は、米軍がバグダッドを占領してしまうと、反米感情が強い風土で占領軍となってしまい、撤収が難しくなることを見抜いていたからだ。米国内世論がリベラル学派も含めてイラク戦争開戦容認に傾いていたころ、明確な反対意見を表明したのは、同氏と新現実主義者のジョン・ミアシャイマー米シカゴ大学教授ら少数だった。
米国内の論争の色分けでは、スコウクロフト氏は、湾岸戦争時をはじめ長年、「タカ派」と目されてきたが、イラク戦争時には「ハト派」とみられた。こうしたレッテル張りの馬鹿馬鹿しさは、評価を下す人の相対的な立ち位置から見て、「タカ派」「ハト派」と勝手に分類されてしまうことだ。評価基準として何ら意味をなさない。国益を重視する現実主義者としての同氏の政策判断は終始、一貫しているのに、である。民主党のオバマ前大統領も、党派を超えて同氏の現実主義に基づく外交手腕を高く評価していた(”Obama Doctrine,” The Atlantic, April 2016)。現在のトランプ政権では、4年間に4人の補佐官が就任している。この4人は、スコウクロフト・モデルから見てどう評価されるだろうか。
日本では、第二次安倍内閣発足後、2013年12月、ようやく日本版国家安全保障会議(NSC)が発足した。事務局役の国家安全保障局長には、谷内正太郎氏(元外務次官)、次いで北村滋氏(前内閣情報官)が就任し、官邸主導外交は着実に実績を積み重ねている。日本版NSCは、経済班を新設し、今後、対外情報機関を整備していく課題が山積している。スコウクロフト・モデルは、日本にとっても一つの指針を与えてくれるだろう。(おわり)
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