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2020-09-17 00:00
(連載2)安倍政権の対外政策の評価――首相辞任にあたって
袴田 茂樹
日本国際フォーラム評議員/青学・新潟県立大学名誉教授
ただ、疑問に思う点もある。日本は他の自由主義・民主主義国と同じ価値観を有する国だと自認し、そのような国との密接な関係を重視するとしてきた。日米同盟や日本・EU経済連携協定(EPA)だけでなく、安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋」政策もそうである。しかし、中国やロシアその他の独裁国、権威主義国で激しい人権抑圧が生じても、安倍以前も安倍時代も、日本の議会も政府もほとんど反応していない。中国の弾圧的な天安門事件(1989年)の後、最初に中国に救いの手を差し伸べたのも日本だったし、最近の香港事件、8月20日のロシアにおける反体制指導者ナワリヌイ毒殺未遂事件などでも、日本政府は形式的な批判か全くの無批判である。2014年2月のソチオリンピックの開会式出席を欧米諸国の主な首脳がロシアの人権問題を理由に欠席したのに、安倍首相は「北方領土の日」でありながら、喜んで出席した。また、その直後のロシアによる「クリミア併合」後の対露制裁は、G7の中では最も形式的(形だけ)であった。私は、「クリミア併合」は実際にはロシアの武力による不法占領なので、北方領土問題という同じ問題を抱える日本は、G7の中で最も厳しい反応をロシアに示しても不思議ではない、とさえ考えていた。
もし新型コロナウイルス問題が生じていなかったなら、香港問題にも拘わらず日本は習近平主席を国賓として丁重に招き、彼は天皇陛下とも会見していたであろう。ただ、これは安倍時代の問題という訳ではない。ソ連時代に、あるソ連政府の高官が、「ソ連にとって日本は大変都合の良い国だ」と述べたのを鮮明に覚えている。その理由として高官が言ったのは、「日本の関心は経済だけで、政治問題には無関心だから」と直截に述べた。ロシアと経済的には密接な関係にあるドイツのメルケル首相も、ナワリヌイ事件ではロシアを厳しく批判したが、日本政府は事実上無反応だった。これはしかし、安倍政権の問題と言うよりも、戦後の日本政府全体の問題であり、日本の経済界、マスコミや日本国民の問題でもある。香港問題でも、日本語も自由で日本を度々訪問して民主化支援を訴えた「民主の女神」周庭さんがいなかったら、マスコミも国民もほとんど無視しただろう。安倍首相の北方領土問題への対応であるが、彼が一方的にプーチン大統領に好意を示し続け、国家主権問題でも譲歩に譲歩を重ね、今日では取り返しのつかない「惨状」に陥っていることは、ここでは繰り返さない。ただ、彼は歴代のどの首相よりも、北方領土問題を解決してロシアと平和条約を締結することに、強い熱意を示したのは事実である。このこと自体は、私は肯定的に評価している。国家の対外政策において「国家主権」の侵害を許さないというのは、基本中の基本だからだ。
ただ、全く理解できないのは、本来リアリストである安倍首相が、私に言わせれば、プーチン大統領を始めロシア指導部の極めて厳しいリアリスト的発想法とかメンタリティをほとんど理解していないということだ。「好意を示せば相手も好意で応える」という「性善説」的な発想に深く捕らわれているとしか思えない。一方、ほとんどのロシア人は「性悪説」を基礎とする、冷めた――悪く言えばシニカルな――リアリストである。「ロシアは世界から敵視され孤立しており、友好国も同盟国も必ず裏切る。頼れるのは自らの軍事力のみ」というアレクサンドル3世皇帝の言葉を、プーチン大統領もラブロフ外相も讃えてきた。一般のロシア人は、法とか規則は潜り抜けて生きるのが生活の知恵と心得ている。プーチン大統領も、国際法とか条約などは潜り抜けるのが、また利用できる時には徹底的に利用するのが、政治の智恵と心得ている。例えば、ロシア指導部はソ連時代も現在も、国連の力とか国連憲章を全く信じていない。国連総会でほとんどの国連加盟国が「クリミア併合」に反対しても、歯牙にもかけなかった。しかし、国連安保理常任理事国としての拒否権は徹底的に利用する。また、北方領土交渉においても、国連憲章の「敵国条項」としてかつては国連総会でも批判された第107条を、必ず持ち出す。
菅新首相には、今述べたような側面をしっかりとリアルに理解して、国際政策、対露政策等を遂行して欲しいものである。(おわり)
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