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2021-01-04 00:00
(連載1)新型コロナウイルス禍と歴史学の同時代性について
葛飾 西山
元教員・フリーライター
新型コロナウイルスが発生し、ほぼ1年が経った。かつてイギリスの歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士はロンドン大学でトゥキディデスの講義中に第一次世帯大戦勃発の報を受け、「諸文明の哲学的同時代性」を着想し、ペロポネソス戦争と第一次世界大戦を古代や近代で括ることは無意味で、歴史が単なる時間的序列の記述でないならば、その危機意識の点では哲学的には同時代的であると論じた。その理論は突飛なものであったため、批判も多かった。しかしいま、多くの歴史学者は身をもってその突飛な理論を感じているのではないだろうか。
私が「新型コロナウイルス禍と歴史学の同時代性」と題した大それた一文をしたためようと思ったのは、私がかつて研究テーマとしていた14世紀半ばの中国、元王朝末期から明王朝初期に至る状況と現在とがどうしても重なって見えてしまうからである。当時の中国は飢饉と疫病のダブルパンチを受け、元王朝最後の皇帝・順帝も効果的な対応ができず、特に華北地域は一家のほぼ全員が病死するケースが続出するなど、凄惨な状態にあった。こうした状況の中で白蓮教徒による紅巾の反乱が発生し、中国は戦乱状態となった。この反乱勢力の一味から身を上げた朱元璋が長江を渡って江南に渡り、地主勢力と連携して勢力を拡大し、敵対勢力を打倒して西暦1368年に新たな王朝(明王朝)を樹立した。
ざっとこうした流れについて、世界全体を包み込む疫病に本格的に遭遇しなかった我々の世代は、文献資料を通してしか研究対象を知ることができない。実際にはどのような状況だったのか、人々はどのように感じ、考えて行動したのかは、資料の限界性もあり、本当の意味で、肌身で感じて分かる者は少なくともこれまでは誰一人いなかったと思う。元末明初期の状況については、これまで優秀な研究者によって多くの成果が挙げられてきた。
しかし今、今度は我々自身がこの新型コロナウイルスの蔓延という疫病の渦中に掘り込まれると、反乱勢力の性格についての議論、初期明王朝の性格についての議論、元末明初期の江南地主についての議論など、これまでの研究成果は机上の営みでしかなかったのかとさえ感じる。研究成果すべてを否定するつもりは毛頭ない。生み出された研究成果はどれも研究史的には重要である。ただ多くの研究を積み重ねられた先生方も心の中の本心としては、疫病にさらされた世情がこうなることが分かっていれば、また違った角度から元末明初期の実像にアプローチできたのではないかと感じているのではないだろうか。(つづく)
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