「より長い電報:米国の新対中政策へ」という米国の元外交官・政府関係者が書いた匿名論文が話題になっている。冷戦時の対ソ戦略の「封じ込め」政策の基礎となったと言われるジョージケナンの長電報(ロング・テレグラム)、いわゆる「X論文」にちなんで名づけられた対中戦略を論じた非常に長い論文だ。日本ではまだ余り紹介され論じられていないが、米国内、中国、インド、シンガポール他世界各国にて様々な同意や反論が寄せられている。全部一応読み通したが、最初の要約部分(17頁)だけでも十分概要はわかる。執筆者はおそらく、概念のレベルを分けて整理をしながら書いたと思うのだが、多くの論点が階層的に重複して書かれており、まどろっこしい。端的にポイントだけ挙げようかとも思ったが、筆者がどういう階層分類をしているのか頭の整理を兼ねて書いているうちに結構要約部分はまあまあ忠実に抄訳のようなものを作ってしまったので掲載する。
1.米国にとっての最大の挑戦は習近平の下で益々権威主義的になる中国の台頭である。 今のところ米国にまともな対中戦略はない。今こそ、「習近平の中国」に対する戦略目標を明確にしたオペレーショナルなレベルまでカバーする、超党派で政権交代があっても追及可能な、長期的な対中戦略が必要である。(中国の方は対米長期戦略があり、しかも一定程度成功してきた。)
2.中国の内政のダイナミズムに着目し対中戦略は習近平をターゲットとすべし。 米国の対中戦略は、中国共産党全体ではなく習近平国家主席に集中するべきだ。同じく共産党一党独裁であっても、習近平氏の前の5人の指導者たちの下での中国は基本的に現状維持勢力であり、米国とも協調できた。中国が現状変更勢力となったのは習近平氏個人の強権的な政策と毛沢東的思想によるものである。これまでも米国は中国政府と中国人とは区別してきたが、それだけではなく共産党のエリートと習近平とも区別すべきだ。中国はソ連の失敗を十分研究し学んでおり、ソ連の場合のように、中国のシステムに内在する問題により不可避的に崩壊することを前提とした政策は失敗する。9100万人もいる「中国共産党を倒す」ことを大っぴらに目標として掲げることは戦略的に自滅的である。そんなことをすればかえって習近平の権力を強化することになるからだ。「中国の封じ込め」とか共産党崩壊といった唐突なものではなく、質的に異なり、より繊細で個別的な政策が必要ということだ。
ケナンの分析の素晴らしい点は、ソ連が内的にどのように機能しているかを分析して戦略に生かした点であり、この点は対中戦略においても倣うべきである。すなわち、中国の内政のダイナズムを理解して戦略的目標を立てるべきなのだ。現在、中国共産党のエリートの中でも習近平の広大な野心とリーダーシップについては異論があり、共産党内には分断がある。ただ、今や習近平が権力を掌握してしまったため、今は自分や家族の立場や命を怖れている状況にある。このような内在する亀裂線が共産党内にある中で、それを利用しないのは洗練された戦略とはいえない。すなわち2013年以前の中国に戻すことを戦略とするべきだ。ゆえに、具体的には、中国の内政のダイナミズムを理解し、共産党のエリート達に、米国と対抗する秩序を作り上げるよりも米国主導の協調的国際体制の中で行動することが中国にとって国益に最も叶うのであり、領土拡張をしようとしたり中国式の政治モデルを他国に輸出しようとしたりしないことこそ、共産党の最善の利益だと結論づけさせることこそ、目的とすべきだ。中国は、習近平が描く将来像とは異なるグローバルな大国となることは可能なのだ。習近平が国家主席の地位に留まろうとそうでなかろうとその政策をより協調的に変更させることを目指すべきだ。習近平がすべての意思決定を完全掌握し、その力を中国の経済外交政策の変更に用いている以上、米国が集中すべきは習近平というリーダーそのものなのである。また、この政策は長期にわたるものでなければならない。習近平の目的についても正しく理解しなければならない。(つづく)