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2021-04-22 00:00
(連載1)『経済学者たちの日米開戦』読後感と日本学術会議の任命拒否問題
葛飾 西山
元教員・フリーライター
さきの大戦において、なぜ日本はアメリカ、イギリス相手に無謀な戦争を仕掛けたのか、という問いかけは戦後間もない頃からずっと論じられてきたテーマである。当時でも数値を扱う経済分野や理系の分野では工業生産力の差が開きすぎていて話にならないという認識は持たれていた。また軍人による机上演習は何度やっても日本の「必敗」になったというのは有名な話である。そのためかつては陸軍の非合理性に引きずられたなどの主張もあった。しかし現在ではこうした見方は否定されつつある。陸軍も大国を相手に戦端を開いた場合どのようになるかを数理的に分析していた実態が明らかにされつつある。3年前、『経済学者たちの日米開戦~秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(牧野邦昭 新潮選書 2019)が発刊され、陸軍省戦争経済研究班、通称「秋丸機関」の実態が描き出された。
本稿は秋丸機関をについて述べることを目的とするものではなく、また私も日本近現代史が専門ではないので、ここでは詳細には立ち入らない。ではなぜ秋丸機関に触れたかと言うと、それは秋丸機関で経済分析に当たった学者達の顔触れについて注目したいからである。秋丸機関を統括した秋丸次郎(当時、陸軍主計中佐)がまず協力を依頼したのが有沢広巳である(以下、敬称略)。有沢広巳は当時は東京帝国大学助教授であったが、人民戦線事件で治安維持法違反容疑で起訴され、停職中であった。
有沢広巳はマルクス経済学を専攻していたが、秋丸次郎は有沢の依って立つスタンスではなく、その経済学者としての科学的分析力を買い、当時としては破格の俸給で迎えたのである。この有沢人事については、陸軍トップの東条英機から再三の注意があったらしい。またこの他にも、マルクス経済学者の宮川実(当時、立教大学教授)、共産党入党経験のある直井武夫など、左翼関係者が多数名を連ねていたため、各方面から「陸軍の赤化」などと、思想的に要注意としてマークされていた。トップからの再三の注意があっても秋丸の上司らがのらりくらりと防波堤になったのはやはり客観的分析を優先させたからであった。
秋丸機関は1941年7月に報告書を提出し、42年には解散した。秋川機関の報告内容は、対米戦について悲観的内容ではあったが、これは当時としては常識的な認識で、特に目新しいものでもなかったようだ。しかしこの時の秋川機関から我々は何かを学べるのではなかろうか。(つづく)
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