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2021-10-05 00:00
(連載1)ゼロ・コロナの不可能性
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
2001年の9・11テロ事件から20年。消滅したはずのアフガニスタンのタリバン政権が、20年かけて復活した。その衝撃が、国際社会を覆い続けている中で迎える9月11日だ。思えば、アメリカの20年にわたるアフガニスタンでの軍事作戦は、いわば「ゼロ・テロリスト」の発想にもとづくものであった。9・11テロ事件の首謀者だけでなく、テロ組織のネットワークも根絶やしにしなければ、テロ攻撃はなくならない。このような考えに基づいて、9・11テロ攻撃の首謀者であるオサマ・ビン・ラディンを追跡するだけではく、組織体であるアル・カイダの壊滅を目指し、さらには温床となっていたタリバン政権の除去も目指した。結果的にこの「ゼロ・テロリスト」政策は、過大な負担を長期に渡ってアメリカ及び同盟諸国に課し続けた。20年後の今、「もう無理だ」と音をあげてアメリカが完全撤退し、あまりにもあっけなくタリバン政権が復活した。今後も、アメリカだけでなく、国際社会全体が、アフガニスタンが再びテロ組織の基地にならないように努力をし続けていく。広い意味での「テロとの戦い」は、全く終わっていない。
だが、そもそも復活したタリバン政権それ自体が、テロリスト集団である。国連安全保障理事会の決議により全ての国連加盟国に遵守の義務がある制裁の対象になっている者が、新たなタリバン政権の中に多数入っている。アメリカ政府の単独制裁の対象者も多く、これまで暗殺作戦の対象として付け狙われてきた者たちもいる。たとえば最強硬派である内務大臣に就任したシラジュディン・ハカニや、防衛大臣に就任したモハメド・ヤクーブ・ムジャヒドらが、未だに表に顔を出す機会も避けているのは、アメリカの暗殺作戦の再開を恐れているからのようにも見える。最高指導者の地位にあるマウラウィ・ハイバトゥラー・アクンザダに至っては、未だに居場所もわからず、すでに以前のアメリカの空爆で死亡しているという観測も根強いにもかかわらず、その名前がタリバン政権の重しとして機能している。
アメリカは、より悪しき存在であるアル・カイダやイスラム国のような国際テロ組織がアフガニスタンを基地にして暗躍するのを、タリバン政権が防ぐように、「お願い」をする立場に陥っている。したがって今さらタリバン要人を暗殺する作戦などを遂行することはできない。だが武力で政権を奪取すると、制裁対象だったテロリストであっても次々と国際社会に認められていくようになる、などといった悪しき事例は、簡単には作れない。苦悩が続く。タリバンは変わった、タリバンに変わってもらおう・・・、状況が苦しくなったからといって、身勝手な希望的観測を並べ立ててみたところで、テロリスト集団がアフガニスタンという一つの国家を実効支配する政府になってしまったという衝撃的な事実を打ち消すことまではできない。
20年にわたる「対テロ戦争」を遂行してきた国際社会は、今やテロリストとの共生を強いられている。少なくとも共存していくための最善の「抑制管理」の方法を模索するように強いられている。いわば「ゼロ・テロリスト」政策の破綻を受けて、「ウィズ・テロリスト」政策への転換を迫られているのである。これは苦痛に満ちたプロセスだ。リスクも大きい。だが20年かけても根絶できなかったのだ。現実を受け入れていくことなくしては、前に進むことはできない。「対テロ戦争」の挫折は、国際社会の複雑な事情を反映した特殊な話題であるかのようにも聞こえるかもしれない。だが考え方の基本は、たとえば新型コロナ対策などの場合であっても同じだろう。(つづく)
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