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2021-10-08 00:00
(連載1)姿を現し始めたバイデン・ドクトリン
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
バイデン政権発足から約8か月が経ち、「バイデン・ドクトリン」の輪郭が浮かび上がってきた。それは、アフガニスタンからの米軍撤収を契機として、中東地域における軍事活動を軽減し、中国との「大国間競争」に重点を移すという「絶え間ない外交」(relentless diplomacy)(9月21日・国連演説)の開始である。その2本柱は、地球規模の民主主義促進を高らかにうたう「理想主義に基づくアプローチ」と、同盟国や友好国との多国間主義に基づく共同作業を重視する「実務的で自制的なアプローチ」の組み合わせによる。
対中政策は、「米中間競争の責任ある管理」(ジェン・サキ米ホワイトハウス報道官)を目指している。これは、力の立場から習近平指導部と交渉する方向性を示すものだ。一見すると、トランプ政権時代と同じように見えるが、パワー基盤の認識が大きく異なる。バイデン大統領が考える「力」は、単に軍事力だけでなく、民主主義という共通の価値観のために立ち上がる同盟国や友好国とともに活動する強い米国が共通の利益を促進する、という理念的なものだ。民主主義が米国民と世界の人々に訴える力を基本に置いている。
ただし、バイデン大統領にとって、その力を振るう場所として、もはやアフガニスタンやイラクは除外されている。「米中間層のための外交」も訴えている。リベラリズムに軸足を置いた世界観に依拠しつつ、バイアメリカンなど保護主義的色彩の貿易政策を組み合わせ、内政上の配慮も欠かさない複雑系である。
この数週間、情報機関の予想を超える速さで8月15日にカブールが陥落して以降、米軍や北大西洋条約機構(NATO)など同盟諸国軍の撤収作業の混乱ぶりや8月29日に実施したカブール市内における無人機による誤爆判明(9月17日)、米英豪3か国の新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設に伴い、事前通報を受けていなかったフランスと米豪の関係が悪化する一幕が世界の耳目を集めたことなど、バイデン政権の外交上の不手際が際立っていた。内政面でも、2022会計年度予算案を巡る米議会内の党派対立が激しさを増しており、米国債がデフォルト(債務不履行)に陥る危機に直面している。バイデン大統領の国内支持率は8月20日ごろを境に支持、不支持が逆転し、現在は支持率約45%(不支持率約50%)に低迷している。ただ、こうしたマイナスの現象面だけに囚われてはなるまい。より大きな米外交の転換が意識的に進められているからだ。
【理想主義的アプローチ】
バイデン大統領の初の国連演説は、国連機関に対する米国の協調姿勢を強く打ち出し、「民主的価値観を擁護していく」と訴えた。国連批判と、あからさまな力による米国第一主義を強調した昨年までのトランプ前大統領の荒々しい演説とは打って変わって、理想主義に基づく美しい言葉を並べた。中国を名指しするのは避けながら、「世界の権威主義者たちは、民主主義の時代は終わったと宣言したいのだろうが、彼らは間違っている」と主張した。その方法論となると、「米国の軍事力は最初の手段ではなく、最後の手段でなければならない。最大の懸念の多くは武器では解決できない」として、同盟国や友好国との協調外交に重点を置く姿勢を示した。中国を念頭に「我々は新冷戦や、陣営によって分断された世界を求めていない」とも述べ、米中対立の激化を懸念する各国の警戒心を和らげようとしている。しかし、アフガニスタンの平和構築が未完に終わったまま、米軍を撤収させたことで、この演説が同盟諸国や友好国首脳らの胸に響いたかどうかはわからない。
ただ、バイデン政権は12月初めには、民主主義サミットを主催し、民主主義や人権の価値観を重視する理想主義的アプローチをさらに強く打ち出していく構えだ。とはいえ、バイデン政権は、ミャンマーの軍事クーデターなどに直接介入する動きは見せていない。口頭での批判はしても、現実の対応は冷徹に選択的で、中国を対象とする大国間競争に注力する意図が透けて見える。
【実務的で自制的なアプローチ】
その一方、アフガニスタン撤収後、米国は年内にイラクからの米軍撤退も計画している。「対テロ戦争」に終わりがあるわけではないが、アフガニスタン、イラクにおける平和構築から手を引くことで、20年間に及んだ米軍駐留に終止符を打ち、米国民の厭戦気分に応えることになるだろう。部族社会が根を張る中東において、民主主義国家創設の試みは挫折に終わり、当初からの課題だったアフガニスタンにおける女性の権利向上と女子教育は風前の灯火となっている。イラクでシーア派政権が継続するなら、イランの影響力はさらに強まっていく。シーア派勢力による三日月の弧が形成され、中東の不安定度は増大するだろう。この20年間の戦いの意義は何だったのか。マーク・ミリー統合参謀本部議長は9月28日の上院軍事委員会で、「輸送面では成功だったが、戦略面では失敗だった」と証言しており、昨年秋から駐留継続の必要性を進言していたことを明かしている。米国民の自問自答は続く。
米外交における介入主義と非介入主義の区分からざっくり見ると、ジョージ・W・ブッシュ政権がアフガニスタン、イラクに対する介入主義を実践して以後、オバマ政権がアフガニスタン、イラクからの撤収を試み始め、トランプ政権、バイデン政権と3代にわたる非介入主義の政権が続いてきた、といえる。ケネディ=ジョンソン政権によるベトナム戦争介入の泥沼化とニクソン=キッシンジャー外交によるベトナム撤収のケースがオバマ政権幹部(例えば、ミッシェル・フロノイ国防次官=当時)の念頭にあった。ニクソン大統領は1969年7月、訪問先のグアムで、米国は核の傘を提供するが、同盟国は自衛について主として自国の通常戦力に頼るべきである、と述べた。ニクソン・ドクトリンの表明であった。米国の力の限界を冷徹に計算し、力の行使を自制した。古典的現実主義を実際の外交に応用したキッシンジャーやブッシュ(父)政権のブレント・スコウクロフトらの手法は、その後の民主党政権でも参考にされた。(つづく)
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