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2021-11-15 00:00
(連載1)バイデン政権は核の「先制不使用」宣言を出すべきではない
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
米国のバイデン政権は2022年初め、「国防戦略」と共に「核態勢見直し(NPR)」報告をまとめる予定だ。その中で、敵国からの攻撃を受けても先に核兵器を使わないという核の「先制不使用(no first-use)」宣言を出すことや、次善の策として、核攻撃の抑止を米核兵器の「唯一の目的(sole purpose)」と限定することを盛り込むことを検討中、と伝えられている。バイデン大統領は、昨年の大統領選のさなか、米国が率先して核の役割を削減する宣言的政策を打ち出すことで、世界の核軍縮と核不拡散を促進しようというねらい(Foreign Affairs, January 2020)であることを明示してきたので、不思議はない。2022年初めには、延期されてきた核拡散防止条約(NPT)再検討会議開催も予定されており、政治的アピールの場として活用する意図も秘めている可能性がある。
オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏は、「核のない世界」を目指したオバマ元大統領のレガシーを継承・発展させたいという希望を抱いているようだ。オバマ政権の当初の核政策は、「プラハ演説」(2009年4月)と一年後のNPR(2010年4月)、米露の新戦略兵器削減条約(新START)締結(同月)に現れている。この2010年版NPRでは、策定段階で「先制不使用」や「唯一の目的」宣言が議論の俎上にのぼった。しかし、同盟諸国からの慎重意見を受け入れ、核攻撃を抑止することが「基本的な役割」とする含みのある表現に落ち着いた経緯がある。
核の「先制不使用」という宣言政策については全く触れていない。従来の「消極的安全保証」については、条件の明確化を図って強化する用意があることを明記している。そして、「米国の核兵器の基本的役割は、核攻撃を抑止することであり、それは核兵器が存在する限り続くだろう」と指摘する。そのうえで、「核攻撃の抑止を米核兵器の唯一の目的とすることを目指して、非核攻撃を抑止するうえでの通常戦能力を強化し、核兵器の役割を減少させ続けるだろう」と後段で付け加えている。つまり、核攻撃の抑止はこの時点で、基本的役割であって、「唯一の目的」ではない、と読み取れる。2010年版NPRは、核軍縮論者から伝統的な核抑止論者までさまざまな意見のバランスを考慮に入れた過渡期の核戦略だった。冷戦後の核兵器の役割については、米国内でさまざまな意見がある。NPR公表に先立って政権内では、核兵器の役割縮小の表現をめぐって意見が対立したことが伝えられており、こうした表現に落ち着いたといえる。
ところが、トランプ政権が策定した2018年版NPR(同年2月)では、2010年版NPRの戦略的前提に対する全面的批判から書き起こしている。米国が核軍縮を進めれば他の核保有国も追随するという願望に基づくのではなく、安全保障環境が悪化する中、核抑止力の役割と兵力構成を再構築する方向性を示した。具体的には、「核攻撃を抑止することが核兵器の『唯一の目的』ではない」と明記、核兵器の役割には「核・非核攻撃の抑止」がある、と摘要範囲を広げた。また、ロシアに対抗して、低出力核オプションを整備する方針を打ち出した。
この前後、バイデン氏は副大統領退任直前の2017年1月、講演の中で、「唯一の目的」宣言を準備する計画について触れ、2020年の大統領選中、この信念の実現に力を尽くす、と述べたこともある。バイデン氏は今年2月、米露間の新STARTを5年間延長するなど、核軍縮路線を主導する方向性を示した。米中対立が継続する中、2022年版NPRでは、再び核軍縮推進路線に振り子が戻るかもしれない。安全保障の根幹を成す核戦略分野で民主・共和両党の党派的対立が深まり、戦略的安定性を損なう恐れがある。これは、同盟諸国にとっても看過できない事態だ。
こうした流れの中で、日本や英仏など米国の同盟国がバイデン政権に対し、「先制不使用」宣言をしないよう、水面下で働きかけていることが最近、報道された(Financial Times, October 30および 11月10日付「読売新聞」)。これを受け、発足したばかりの第二次岸田内閣の松野博一官房長官は同日の記者会見で、一般論として断りながら「すべての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ、有意義ではない。現在の安全保障環境において、当事国の意図に関して何らかの検証方法がない形で(同宣言に)依存しては、日本の安全保障に十全を期すことは困難と考える」と、憂慮を表明した。新任の林芳正外相も翌11日の記者会見で同様の見解を示した。これは、従来の政府見解を踏襲するもので、岸田内閣においても立場は変わらないことが確認できた。
核の先制不使用宣言や「唯一の目的」宣言をめぐる米国内の論議に対し、同盟国・日本はグローバル・パワーの重心が欧州からアジア正面に移動している中で、米国の拡大抑止が確実に機能するかどうかという信頼性の観点からコストと便益の比較衡量を示し、コストが大きく、採用すべきでないことを明確に米側に伝達すべきだろう。
2010年以降、米国は日韓両国に対する拡大抑止の信頼性強化のための努力を始めた。日米拡大抑止会議(Extended Deterrence Dialogue: EDD)を新設し、年2回、拡大抑止をめぐる外交・安全保障担当実務者間の政策協議を公式に行っている。韓国とも同様に会議体を設置した。冷戦時代、米国と同盟国との拡大抑止をめぐる問題といえば、北大西洋条約機構(NATO)諸国との核協議が中心だったが、21世紀以降、北朝鮮の核・ミサイル開発によって、アジア地域の同盟国とも協議が制度化されてきたわけだ。協議内容は機密扱いだが、松野官房長官、林外相の見解から、日本側の懸念が読み取れる。(つづく)
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