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2021-11-16 00:00
(連載2)バイデン政権は核の「先制不使用」宣言を出すべきではない
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
反対論の理由は主に3つある。
第1に、米国が核の先制不使用を宣言すれば、日本に攻撃意図を持つ国は核兵器を使わない限り、米国から核による報復を受けることはないことになる。敵対国は安心して通常兵器による日本攻撃や生物・化学兵器などの大量破壊兵器(WMD)による攻撃、サイバー攻撃を含むグレーゾーンの攻勢を図ることができ、通常戦闘開始の敷居はかえって低くなる恐れがある。つまり、抑止の失敗につながる。
第2に、核拡散防止条約(NPT)体制下の核保有5大国のうち、「最小限抑止」を自称する中国は、1964年の最初の核実験以来、「核の先制不使用」を宣言している。だが、果たして中国が危機に際して、その約束を本当に守るのか、信頼性に疑問符がついている。敵に対する奇襲攻撃や偽計は、「孫子の兵法」でも推奨されている。中国が先制不使用を宣言しているから安心だと思う人が、中国の周辺国でいるだろうか。その一方、中国は、核保有5大国の中で唯一、高濃縮ウランやプルトニウムの生産を続行し、その生産を禁止しようとするカットオフ条約の交渉開始を阻んでいる。弾道ミサイルの多弾頭化を進め、核軍縮の姿勢も見せていない。米国の政策研究機関「ヘンリー・スティムソン・センター」共同創立者で、核軍縮問題に詳しいマイケル・クレポン氏らは、「北京政府は、NPT体制のフリー・ライダー(ただ乗り)だ」と厳しく批判している(米軍備管理協会機関紙2010年3月号)。
中国は核弾頭350発を保有し、最小限抑止論に立っている、とみられてきた。しかし、米露の核抑止論を理解しているとは思えない人民解放軍関係者による核の脅し発言が時々、出てきたり、日本を核の先制不使用宣言の対象外とする、という地方共産党委員会の見解がネット上に登場したりしている。対日心理戦の一環として様々な宣伝工作が行われているわけだ。米国家情報長官府による「脅威評価書年報2021」(同年4月)によると、「中国は史上最も早く、核ミサイルを向こう10年間で倍増させる計画(つまり700発程度)である」と見積もられていた。ところが、米国防総省が11月3日、公表した中国の軍事・安全保障に関する年次報告書によると、中国軍は2030年に少なくとも1000発の核弾頭を保有する可能性がある。何を目的とした核軍拡なのか、中国から世界への説明はない。逆に言えば、そのような中国はバイデン政権の核の「先制不使用」宣言を聞いて、にわかに信用するだろうか。「検証可能で全核保有国同時」(松野長官)の先制不使用宣言でなければ、国際規範の成立として意味をなさない。その実現は現段階、不可能だろう。
また、旧ソ連はブレジネフ時代の1982年、先制不使用宣言を行ったが、これは西側諸国からプロパガンダと見なされてきた。NATOの柔軟反応戦略が「核の先制使用」を一つのオプションとしていたことを逆手にとって、「核の先制不使用」を宣言し、西側諸国も採用するよう政治的圧力をかけていたわけだ。案の定、冷戦終結後の1993年、ロシアは軍事ドクトリンの基本規定を策定、核保有国とその同盟国連合がロシアまたはその同盟国に対して武力攻撃を仕掛けてきた場合、ロシアは核兵器を使用するーーと明文化し、先制不使用宣言を覆した。2000年版、2014年版軍事ドクトリンでは、通常戦力による侵攻に対しても、ロシアにとって危機的なものであれば核兵器を使用することが明確にされている。
第3に、同盟国が通常攻撃を受けた後の「核の先制使用」という核オプションを米国が一方的にはずすことで、日本など同盟諸国が核抑止態勢に不安感を覚えるのに、それを補完するだけの十分な通常戦力、核戦力を米国が東アジアで前方展開配備できていないからだ。過去20年間、アフガニスタン、イラクを主な舞台にした対テロ戦争に集中していたため、米国の通常兵器、核兵器の近代化が遅れており、台湾有事への抑止態勢が十分とは言えない。
デビッド・イグナシアス氏はワシントンポスト紙(2021年5月7日付)のコラムで、「中国は危機時に、核・非核弾頭搭載可能なトラック移動式ICBM『東風41』や中距離弾道ミサイル『東風26』を何百台も高速道路上に走り回らせ、核搭載かどうかわからなくする。発射されてもどちらかわからない。冷戦期の戦略家の言う『核の不安定』状態になるだろう。中国は核の近代化を推進しているが、米国の核は50年前のままだ。中国の狙いは、台湾防衛の米国の努力が極端にコスト高になるよう仕向けることだ」と、警告している。
また、スタンフォード大学のオリアナ・マストロ研究員は、習近平指導部に台湾武力統一を思いとどまらせる方法があるか、分析している(”The Taiwan Temptation,” Foreign Affairs, July/August 2021)。「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」を実現するうえで、中国が台湾問題のために支払う軍事的コスト、経済的コスト、国際社会からの孤立が大きな阻害要因になることを認識させることがまず肝心、としている。しかし、習近平氏は「中国の夢」を危険に晒すことなく、台湾の支配権を取り戻すことができると信じているかもしれないし、習近平指導部にとって、コストの大きさはそもそも関心事でなく、米国が介入しても中国軍が勝てるかどうかが重要であるーーという不気味な予測を立てている。台湾有事における米国の抑止機能は、台湾防衛に軍事的に介入するという信頼性ある脅しに基づいているが、中国が行動を決意するならば、開戦当初に東アジア地域の米軍基地を一気に攻撃する可能性が逆に高まる、と指摘する。
米国が台湾有事の発生を抑止するためには、核の先制不使用宣言の前にやるべきことが数多い。冷戦時代は対ソ抑止戦略が中心だったが、現代においては、個人の体形に合わせた洋服を仕立てる場合と同様、中国、ロシア、北朝鮮、イランなどそれぞれの国に合わせて異なる抑止態勢を構築する「テイラード抑止」を一層、充実させることの方が先決である。そのうえで、今後の核軍縮交渉にロシアだけでなく、中国も参加させるための方策を考案することが最優先課題である。現在のところ、力の信奉者・中国に交渉参加のインセンティブはなく、背を向けたままだからだ。(つづく)
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