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2022-04-29 00:00
なぜ資本主義は崩壊しないのか?その原因を究明する
加藤 成一
外交評論家(元弁護士)
第一、マルクス著「資本論」第一巻の概要
(1)商品と貨幣
マルクス著「資本論」第一卷は資本の生産過程を扱う。マルクスは商品の分析から始める。商品は使用価値(「効用」)と交換価値(「価格」)を有する。商品は自然物に人間労働が加わった労働生産物であり、貨幣との交換(「販売」)を目的として生産される。(註1)(註2)
使用価値を生産するのが具体的有用労働であり、交換価値を生産するのが抽象的人間労働である。それは基本的に労働時間によって決定される。労働時間は商品を生産するための個別的具体的な労働時間ではなく、社会的に必要とされる一般的平均的な労働時間である。「商品の価値はその商品を生産するために必要な社会的平均的な労働時間によって決定される」(「価値法則」)。(註3)(註4)
商品の価値は貨幣によって表示される。それが価格である。商品の価格は需要供給の変動により価値を離れて変動するが、長期的平均的には価値によって決定される。(註5)(註6)
(2)貨幣の資本への転化・剰余価値の生産
貨幣は賃金労働者の存在によって「剰余価値」を生む資本に転化する。資本は労働者から労働力商品を購買する。労働者はその対価として賃金を受け取る。賃金は労働力商品の価格である。労働力商品の交換価値(「賃金」)は、労働力を再生産するための生活費で決まる。(註7)(註8)
「労働力商品の使用価値は、自己の交換価値(「賃金」)を超える剰余価値(「利潤」)を生みだし、労働力商品を購買した資本家が取得する。なぜなら、労働力商品の使用価値には、生活費を生産する必要労働時間と剰余価値を生産する剰余労働時間が含まれているからである」(「剰余価値法則」)。(註9)(註10)資本は無限の剰余価値を取得するために生産を行う(「利潤第一主義」)。
剰余価値の生産は、労働時間の延長(「絶対的剰余価値生産」)と機械化による生産性の上昇(「相対的剰余価値生産」)によって行う。(註11)(註12)
(3)資本の蓄積と資本主義の崩壊
資本が獲得した剰余価値は労働力商品を購買した資本家の所有となる。「資本家は剰余価値を再び資本に転化し資本蓄積を行う。資本蓄積の過程は、資本の集積・集中と、多くの賃金労働者を資本が吸収し、資本と賃金労働者の拡大再生産である」(「資本蓄積法則」)。(註13)(註14)
ヨーロッパでは、農民を土地から追い出す「囲い込み」によって大量の農民が都市に移住しプロレタリアート(「賃金労働者」)になった。国家の暴力を利用したプロレタリアートの創出が「資本の本源的蓄積」である。(註15)(註16)
機械化による相対的剰余価値の生産に伴う生産力の拡大は、不変資本(「生産手段」)に対する可変資本(「労働力」)の比率を相対的に低下させる(「資本の有機的構成の高度化」)。そのため、賃金労働者の多くが相対的過剰人口=産業予備軍(「失業者」)に転化する。その結果、一方で資本家の側には富が蓄積され、他方で賃金労働者の側には貧困が蓄積される。(註17)(註18)
このように、賃金労働者によって担われる生産の組織化社会化が進む一方で、他方、富の取得は資本家に委ねられ私的なままであり(「生産の社会的性格と所有の私的性格」)、資本と賃労働との対立・矛盾は大きくなる(「資本主義の基本矛盾」)。(註19)この矛盾が階級闘争を激化させ資本主義の「弔いの鐘」となり、収奪者が収奪され、資本主義は崩壊するのである(「資本主義崩壊論」)。(註20)(註21)
第二、マルクス「資本主義崩壊論」の理論的破綻
(1)マルクス著「資本論」と先進国革命
マルクス著「資本論」によれば、上述の通り、資本主義が発達すると資本の集積・集中が進み、機械化による資本の有機的構成が高度化して相対的過剰人口=産業予備軍(「失業者」)が増大する。その結果、労働者階級の貧困・抑圧による階級闘争が激化し、社会主義革命により、資本主義が崩壊して社会主義に移行するとされる。
すなわち、「資本主義が発達すれば社会主義に移行する」(「資本主義崩壊論」)というのが、「資本論」の根幹であり結論である。ところが、実際には欧米や日本など、資本の集積・集中が進み、資本の有機的構成が極めて高い発達した先進資本主義諸国から社会主義革命により社会主義に移行した国は皆無である。
反対に、帝政ロシアや中国、北朝鮮、ベトナム、カンボジア、ラオス、キューバなど、資本の集積・集中がなく、資本の有機的構成が極めて低い未発達の遅れた後進資本主義国や、農業国、発展途上国、植民地国に限って社会主義革命が成功し、社会主義に移行している。
これらの事実は、「資本主義が発達すれば社会主義に移行する」(「資本主義崩壊論」)というマルクス著「資本論」の根幹の理論とは明らかに矛盾し対立する歴史的事実である。このような歴史的事実からは、マルクス著「資本論」の核心である「資本主義崩壊論」は、理論そのものに重大な矛盾や破綻があり、少なくとも、発達した先進資本主義諸国では、もはや有効でも妥当でもないと評価せざるを得ない。すなわち、マルクス著「資本論」の上記根幹の理論はすでに理論的に「破綻」しているのである。そして、この「破綻」の根源は、後述の通り、マルクス著「資本論」の理論の核心である「資本主義が発達すればするほど労働者階級は窮乏化する」という「窮乏化法則」の破綻にあることは明らかである。
(2)レーニン「不均等発展」と「鎖の輪」理論
こうしたマルクス著「資本論」の根幹の「破綻」に関連して、帝国主義の時代にマルクス主義を創造的に発展させたとされるレーニンは、「資本主義の最高の段階としての帝国主義の時代には、資本主義の<不均等発展の法則>により、帝国主義の<鎖の輪>の弱い後進資本主義国から社会主義に移行する」との理論を提起した。(註22)(註23)
これは、未発達の遅れた後進資本主義国であった帝政ロシアの社会主義革命を合理化し正当化するものである。なぜなら、ロシア革命は「資本主義が発達すれば社会主義に移行する」というマルクス著「資本論」の根幹である「資本主義崩壊論」では到底説明がつかないからである。そのため、レーニンは<不均等発展>と<鎖の輪>理論を提起し、ロシア革命を正当化したのであるが、これは、明らかにマルクス著「資本論」の「資本主義崩壊論」の「修正」である。そして、この「修正」はマルクス著「資本論」の根幹の「修正」であるから、マルクス著「資本論」の理論的「破綻」であることは前述のとおりである。
(3) 史的唯物論との矛盾
そのうえ、レーニンによる、ロシア革命を念頭に、未発達の遅れた後進資本主義国であっても社会主義への移行を合理化し正当化するこの「資本論」の「修正」は、「一つの社会構成は、それが十分包容しうる生産諸力がすべて発展しきるまでは決して没落するものではなく、新しいさらに高度の生産諸関係は、その物質的存在条件が古い社会自体の胎内で孵化され終わるまでは、決して古いものにとって代わることはない」(註24)(註25)という「史的唯物論」(「生産力の発展が生産関係を決定する」)の根本法則とも甚だしく矛盾する。
なぜなら、帝政ロシアについては「史的唯物論」のいう「生産諸力がすべて発展しき」っていたとは到底言えないからである。ましてや、レーニンのいう「帝国主義の鎖の輪」の中にすら入っていない発展途上国であった中国、北朝鮮、ベトナム、カンボジア、ラオス、キューバなどが社会主義に移行したことを考えると、これらの国々の「生産諸力がすべて発展しき」っていたとは、ロシア以上に到底言えないことも明らかだからである。
このように考えると、レーニンによる「資本論」の「修正」すなわち<不均等発展>と<鎖の輪>理論によるロシア革命の合理化は、マルクス著「資本論」の根幹である「資本主義崩壊論」(「資本主義が発達すれば社会主義に移行する」)の理論的破綻であるのみならず、「史的唯物論」とも甚だしく矛盾し「史的唯物論」そのものの正当性の有無にまで波及する根源的問題である。すなわち、レーニンによる「資本論」の「修正」が正しければ「史的唯物論」は誤謬となり、「史的唯物論」が正しければ、レーニンの「修正」は誤謬であり、両者は完全な二律背反となるからである。
(4)レーニン「死滅しつつある資本主義」
さらに、レーニンは「帝国主義論」(1916年)において、発達した資本主義(「帝国主義」)の「寄生性」と「腐朽性」を理由に、「帝国主義は死滅しつつある資本主義である」との理論を提起した。「寄生性」とは、帝国主義国では資本輸出が増加し諸外国の労働者を搾取する結果、生産労働をしない金利生活者が増え「金利生活者国家」になるというものであり、「腐朽性」とは、「独占資本」による独占価格の設定や特許権の買収により技術的進歩が抑制される結果、経済が停滞するというものである。(註26)
しかし、「寄生性」については、先進資本主義諸国においては、資本輸出が増大し金融資本化の傾向はみられるが、そのために、生産労働をしない金利生活者が特段に増加して「金利生活者国家」に転化する現象は存在しない。また、「腐朽性」についても、「独占資本」による独占価格の設定は独禁法で厳しく規制(「懲役刑」)されているうえに、「独占資本」といえども海外企業との国際競争は極めて激化しているから、特許権を買収しても不断の技術革新が不可欠であり、技術的進歩が抑制される現象は存在しない。
レーニン著「帝国主義論」から100年以上が経過して、死滅したのは資本主義ではなく、ソ連社会主義(註27)であったことを考えても、「寄生性」「腐朽性」を含め、レーニンの「死滅しつつある資本主義」の理論は、明らかな事実誤認であり誤謬である。それは、レーニンが、客観的で冷静沈着な純粋の学者ではなく、特定の政治目的(「世界革命」)の実現を目指す現実政治家であったからである。その意味で、レーニン著「帝国主義論」は一種の「政治的プロパガンダ」の性格を有する。
以上が、マルクス著「資本論」の「資本主義崩壊論」及びレーニン著「帝国主義論」の「死滅しつつある資本主義」の理論に対する筆者独自の視点からの問題提起であり根本的批判である。これは、「マルクス・レーニン主義」(「科学的社会主義」)を含むマルクス主義理論全般の正当性・有効性・妥当性の有無にも影響を及ぼす根源的問題である。
第三、資本主義が崩壊しない諸原因
(1)経済的原因
1,「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」
資本主義が崩壊しない、したがって社会主義に移行しない最大の「経済的原因」は、「各人は能力に応じて働き、必要に応じて生産物を受け取る」(註28)という「共産主義の理想」が、少なくとも物質的な生活水準においては、日本、欧米などの先進資本主義諸国ではすでに実現されているからである。
以下に詳述する通り、労働者階級の「失業」(「能力に応じて働く」)と「貧困」(「必要に応じて受け取る」)の問題は、日本・欧米などの先進資本主義諸国では基本的に解決されているのである。
2,失業率の顕著な低下と名目賃金の上昇
確かに、日本では、人口減少・少子高齢化の加速・非正規雇用の増加・ワーキングプアー・賃金格差・所得格差・年金・医療・介護・過疎化など、解決すべき様々な課題がある。しかし、2019年厚生労働省調査では、日本国民一世帯当たりの平均貯蓄額は1213万円であり、日本を含む先進資本主義諸国の労働者の名目賃金は年々上昇し、日本の2022年春闘の賃上げ率は2・11%である(「2022年4月5日連合発表」)。
そのうえ、日本の失業率は顕著に低下しており、2022年の完全失業率は2・6%であり完全雇用に近い(「総務省統計局労働力調査基本集計」参照)。さらに、国民皆保険、失業保険、介護保険をはじめとして、社会保障制度も整備されており、その予算額は国家予算の約3割にも達しているのが現状である。
そのため、日本では労働者階級を含む国民の間では、マイホーム・マイカー・電化製品などが広範囲に普及し、海外旅行も極めて一般化している。また、日本農民の多くは兼業農家であるが、戦前のような小作人ではなく、戦後の農地改革によって生産手段としての農地を所有する自作農(「自営業者」)であり、いわば中産階級である。そして、国政選挙等において政府与党に対する強力な圧力団体でもある「農業協同組合」等の関係諸団体が農林漁業の発展と農林漁業者の生活水準の向上に取り組んでいる。
3,国民の生活水準と消費水準の向上
そして、日本では、かつて「豊かな社会」「飽食の時代」と言われたように、食料品、衣料品、日用品、雑貨、家具、電化製品をはじめ、多種多様な商品の大量生産・大量消費により、大手スーパー・百貨店・大型量販店などにはモノがあふれかえり、各種通信販売も驚異的に拡大普及し、労働者階級を含む一般国民にとっては、今や、「必要に応じて必要なモノがいつでもどこでも手軽に手に入る」時代である。しかも、その価格も大量生産と価格競争により低下し安定しているのが実態である。
したがって、日本では、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」がすでに実現されているのである。この状況は日本のみではなく、欧米先進資本主義諸国でも全く同じである。このように、解決すべき様々な課題はあるにしても、社会全体としては、生産力の発展による持続可能な経済成長と制度的に整備された社会保障政策により、上述の通り、日本を含む先進資本主義諸国の労働者の名目賃金は年々上昇し、失業率も低下しており、特に日本では失業率2・6%と完全雇用に近い。しかも、少なくない労働者層が一戸建分譲住宅や分譲マンションに居住し、自家用車も保有し、各種電化製品をそろえ、家族で頻繁に海外旅行へ行く状況である。
4,マルクス「窮乏化法則」の理論的破綻
したがって、マルクス著「資本論」の「資本主義が発達すればするほど労働者階級は窮乏化する」という「窮乏化法則」(註29)に基づく労働者階級の「絶対的貧困化」(註30)(註31)は、日本など先進資本主義諸国ではすでに解決されている。すなわち、マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」は、日本など、少なくとも発達した先進資本主義諸国では、もはや有効でも妥当でもなく、破綻していることは明らかである。
マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」については、歴史的にも、エンゲルスの後継者とされたドイツ社会民主党のベルンシュタインは、主著「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」(1899年)において、「我々は労働者をあるがままに受けとらねばならない。そして、労働者は共産党宣言で予見されていたほど一般的に窮乏化してもいない」(註32)と述べて「窮乏化法則」を批判し、社会民主主義的な「漸進的社会改良主義」を主張して、マルクス・エンゲルスの「暴力革命」に反対した。
「窮乏化法則」に関するマルクスの重大な理論的誤謬は以下の理由による。(1)マルクスは、主著「資本論」において、資本主義経済のモデルとした19世紀中葉の英国における産業予備軍(「失業者」)の存在を絶対視した結果、産業予備軍の存在から直ちに資本主義的蓄積の一般法則として「窮乏化法則」を帰納した理論的欠陥があった。
(2)19世紀初めの英国では工場労働者による大規模な「機械破壊運動」(「ラダイツ運動」)があった。時代的制約とはいえ、マルクスは、機械化の促進は労働者を不要にすると短絡して考え、生産性向上に不可欠な研究開発労働・各種機械自体を生産する労働・生産物を流通販売する労働・生産管理労働・各種事務労働・各種サービス労働などを無視ないし軽視した。マルクスは、その当時は圧倒的多数の「工場労働者」(「ブルーカラー」)を労働者階級と認識していたのである。
米国でベストセラーになり、昭和33年(「1958年」)翻訳出版された米国の著名なジャーナリストのジョン・ガンサーは、著書「ソビェトの内幕」で、「マルクスは、資本主義は必ず労働者階級を貧困化すると固く信じていたが、それと全く正反対に近いことが起こっている。テレビや高価な自動車を持っている米国の労働者の数を数えてみなさい。マルクスは、賃金は絶えず強制的に引き下げられる傾向があると考えたが、逆に賃金は着実に上昇している。」(註33)と述べている。マルクスの予言に反し、今から65年前でも米国の労働者は比較的豊かな生活をしていたことが分かるのである。
5,マルクス・レーニン「賃金奴隷」は時代錯誤
日本でも、高学歴の膨大なホワイトカラー層の存在や、情報通信(IT)・金融分野など専門的・技術的就労者の増大により、高額の給与を取得する労働者層が年々加速度的に増加し、失業率も顕著に低下して、現在の先進資本主義諸国の労働者階級の状態を「鉄鎖のほかに失うものはない」(註34)とか、「賃金奴隷」(註35)などと蔑視することは、客観的事実に明らかに反し到底許されるものではない。
マルクス主義研究者の田上孝一氏も、近著「99%のためのマルクス入門」で「現在の労働者の殆どはこれほど悲惨な境遇にはない。その意味でマルクスが見つめていた労働者の現実は今日においては大きく改善されたと言えるだろう。」(註36)と述べ、労働者階級の「窮乏化」の事実を否定しておられる。
そのため、さすがに、元日本共産党中央委員会幹部会員の評論家蔵原惟人氏も、「労働者自体が無一物の無産者という感じではない多数の層が成長し、自家用車も持っている。このような変化に共産党としても対応する必要がある」(註37)と述べ、労働者階級に「窮乏化」の事実がないこと、むしろ自家用車も持ち生活水準が向上している事実を率直に認めている。現代日本の労働者階級は、自家用車のみではなく、一戸建て住宅や分譲マンションに住み、各種電化製品を備え、家族で頻繁に海外旅行に行く階層も決して少なくないことは上述のとおりである。
6,日本共産党綱領「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」の削除
したがって、日本などの先進資本主義諸国においては、上述の通り、名目賃金が年々上昇し、失業率も顕著に低下して、「失業」と「貧困」の問題が基本的に解決され、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」がすでに実現している。
そのため、日本の前衛党である日本共産党の綱領においても、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」(「1994年綱領」)という部分が削除され、共産主義の理想が、「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会への本格的な展望」(「2004年綱領」)などと極めて抽象化・空想化されているのである。
7,労働争議(「階級闘争」)の激減
そして、今も労働者階級の間で、「失業」と「貧困」の問題が社会主義革命のための重要な経済的条件であるとすれば、上述の通り、労働者階級における「失業」と「貧困」という革命の条件がなくなり、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」に対する魅力も関心も肝心の労働者階級の間で消失し、「失業」や「賃金」をめぐる労働者階級と資本家階級との「階級闘争」が顕著に減少し緩和したことが、社会主義革命を抑止し、資本主義が崩壊しない、したがって、社会主義に移行しない極めて重要な原因であることは明らかである。
ちなみに、独立行政法人労働政策研究・研修機構によれば、全国の労働争議(ストライキ)の件数は1974年のピーク1万1000件から、2019年にはわずかに数十件にまで激減しているのが実態である(厚労省「労働争議統計」参照)。労働争議件数は、まさに労働者階級の「失業」や「貧困」などの経済状態を極めて正確に反映したものに他ならないのである。
(2)政治的原因
しかし、資本主義が崩壊しないのは、これまでに詳述してきた「経済的原因」だけではない。以下に述べる「政治的原因」も極めて重要である。
1,国民の政治意識の違い
この「政治的原因」の内容は、近代のブルジョア民主主義社会を経験せずに、貧しく遅れた後進資本主義国や、農業国、発展途上国、植民地国から、マルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)の核心である「暴力革命」(「敵の出方論」を含む)と「プロレタリアート独裁」(「共産党一党独裁」)(註38)(註39)(註40)(註41)によって社会主義国家に移行した旧ソ連、中国、北朝鮮、ベトナム、キューバ、ラオス、カンボジアなどの諸国と、近代ブルジョア民主主義社会を経験した日本、欧米の先進資本主義諸国とを比較すれば、極めて明確になる。
すなわち、具体的には、思想・信条・集会・結社・言論・出版・表現の自由などの市民的自由、基本的人権、議会制民主主義、法の支配、国民主権などのシステムを経験した先進資本主義諸国の労働者階級を含む圧倒的多数の国民の、「自由と民主主義」に対する肯定的評価とそれに基づく政治意識、信頼度、成熟度は、社会主義革命当時において、これらの「自由と民主主義」のシステムを経験しなかった上記の社会主義諸国の国民の政治意識と著しく異なるのである。この著しく異なる国民の政治意識の違いこそが、資本主義が崩壊しない、したがって社会主義に移行しない極めて重要な「政治的原因」である。
なぜなら、「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」による社会主義革命は、上記の市民的自由、基本的人権、議会制民主主義、法の支配、国民主権のシステム及びその基盤である「自由と民主主義」の理念とは著しく対立し矛盾するのであり、そのため、上記のシステムと理念を経験した日本など先進資本主義諸国の労働者階級を含む圧倒的多数の国民は、これらを全否定する「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」による社会主義革命に対しては、極めて強い拒否反応を示すからである。
評論家の松田道雄氏も「資本主義的発展が、議会民主制をもたらし、労働者階級を巨大な組合にまで結集できた国では、革命は起こっていない。逆にまだ議会民主制ができず、人民が擬制的主人になっていない後進国で革命が起こっている。」(註42)と述べられている。
2,ハイエク著「隷属への道」と自由の重要性
さらに、これらの「政治的自由」のみならず、「経済的自由」すなわち、生産手段の所有を含む私有財産制も国民の自由にとって極めて重要である。なぜなら、生産手段を独占した一党独裁の共産党政府による「計画経済」は、諸個人の自由や運命がすべて共産党政府(「共産党官僚及び国家官僚=ノーメンクラツーラ」)の手に握られてしまうからである(註43)(註44)。
ハイエクによれば、「経済的自由」なしにはどんな自由も存在しないのであり、生産手段を含む私有財産は自由の最重要な基礎なのである。
3,暴力革命とプロレタリアート独裁への恐怖
そのうえ、「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」(「労働者階級の革命的独裁」=註38)によって政治権力を掌握した旧ソ連や中国をはじめとする上記社会主義諸国における、共産党一党独裁、スターリンの個人崇拝と大粛清(註45)、富農虐殺、農業集団化強行、「人民の敵」摘発処刑、恐怖政治、秘密警察(註46)、密告、銃殺、公開処刑、強制収容所、言論抑圧、人権抑圧など数々の歴史的事実が、先進資本主義諸国の労働者階級を含む圧倒的多数の国民に対し、「共産主義」に対する恐怖感と嫌悪感を与え、いわゆる「反共産アレルギー」(「共産党拒絶反応」)を増幅した面は否定できない。
さらに、国際的にも、東ドイツ市民の亡命防止のための「ベルリンの壁」(註47)、ソ連の「ハンガリー動乱」弾圧、ソ連の「プラハの春」弾圧(註48)、ソ連の「アフガン侵攻」、「中国文化大革命」(註49)、「天安門事件」、中国政府による「チベット抑圧」、「ウイグル抑圧」、「香港抑圧」、中国政府による言論統制と知識人抑圧、民主カンボジア・ポル・ポト政権による市民200万人大量虐殺、北朝鮮の「公開処刑」「粛清」など、数え切れず枚挙にいとまがない。
また、日本国内でも、1950年勃発の「朝鮮戦争」を契機として、日本共産党の徳田・野坂・志田派による「極左冒険主義=武装闘争路線」(「火炎瓶闘争・交番襲撃・警察官殺害・中核自衛隊・山村工作隊」など)に基づく武装闘争が、数年間にわたって実行されている。(註50)
4,「反共産アレルギー」(「共産党拒絶反応」の増幅
このような、先進資本主義諸国の国民を恐怖に陥れ、震撼させる社会主義国家等による否定的事件や現象があまりにも多い。これらは、日本をはじめ先進資本主義諸国の労働者階級を含む圧倒的多数の国民に強い「反共産アレルギー」(「共産党拒絶反応」)を植え付けたに違いない。
旧ソ連、中国などの社会主義諸国に、以上に述べたような否定的事件や現象が多い原因は、いずれの国も、議会制民主主義や市民的自由、基本的人権の尊重といった近代ブルジョア民主主義を経験せず、民主主義の洗礼を受けていない、帝政ロシアなどの遅れた後進資本主義国や中国などの半植民地国、カンボジア・ラオス・キューバなどの農業国や開発途上国であったことが強く影響していると言えよう。しかし、それ以上に、根本的には、「マルクス・レーニン主義」(「科学的社会主義」)の理論的核心である「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」の「教義」(「ドグマ」)が決定的な影響を及ぼしたことを忘れてはならない。
以上に述べた様々な「政治的原因」が、日本をはじめとする先進資本主義諸国における社会主義革命すなわち資本主義の崩壊を抑止する極めて重要な原因であることは明らかである。
(3)国際的原因
資本主義が崩壊しない原因として、以下に述べる「国際的原因」も軽視することはできない。
1,国家と国際機関の危機管理による経済崩壊回避
日本など先進資本主義諸国では、時に、リーマンショック級の大規模な金融危機や財政危機に見舞われることがあっても、マルクス主義のいわゆる「国家独占資本主義」(註51)に基づく国家の経済への強力な介入(「超大型財政出動・超低金利政策等」)によって、そのような危機が政府により「管理」されコントロールされており、経済破綻が防止され回避されている。
そのうえ、IMF(「国際通貨基金」)、OECD(「経済開発機構」)、WTO(「世界貿易機関」)、EU(「ヨーロッパ連合」)、UN(「国際連合」)など、様々な国際機関による先進資本主義諸国を含む各国間の国際協調・国際協力・国際援助で、世界的不況や恐慌に対しても、財政破綻、金融破綻に至ることが防止され回避されている。
上記の政府による危機管理や、国際機関による各国間の国際協調・国際協力・国際援助により、経済・財政破綻が回避され、資本主義の崩壊が抑止されていることは明らかである。
2,先進資本主義国の強靭な潜在成長力
そして、グローバルな世界経済を基盤として、日本や欧米の先進資本主義諸国では、スーパーコンピューター・人工知能(AI)・情報・通信(IT)産業・再生可能エネルギー産業・医療・バイオ産業・地球環境保護・宇宙開発をはじめとする最先端の高度な技術開発力、グローバルな国際競争力、世界的な多国籍企業を含む巨大な経済規模など、それらに基づく強靭な潜在成長力を保有している。
このような、様々な「国際的原因」も社会主義革命を抑止し、資本主義の崩壊をもたらさない重要な原因であることは明らかである。
第四、「社会主義」と「自由」との原理的矛盾
資本主義の指導理念(「イデオロギー」)は「自由」であるが、社会主義の指導理念は自由ではなく「平等」である。
1,資本主義の自由と社会主義の自由との根本的相違
人は「自由」を追求する生き物であり、「自由」のために戦ってきた。多くの人の血と汗と涙の上に「自由」がある。
資本主義においては、国民は、「公共の福祉」に反しない限り(「最大決昭26・4・4民集5・5・214」参照)、思想・良心・集会・結社・言論・出版・表現の自由・学問の自由・私有財産制(「生産手段所有の自由」を含む」)・企業経営・政府批判・政権政党批判の自由が保障される。なぜなら、資本主義は、国家の諸個人への干渉を最小限として、諸個人の自主性と活動の自由を最大限尊重し、諸個人の「自由意思」と「自由競争」を根本原則として、経済発展と国民生活の向上を図ることを目的とするシステムだからである。
これに対して、社会主義においては、社会主義体制を強化する「自由」しか保障されない(「ソ連・スターリン憲法、中国・中華人民共和国憲法、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国憲法」参照)。なぜなら、国民に前記の言論の自由などの「政治的自由」を全面的に保障すると、社会主義は成り立たず、たちまち崩壊するからである。まず、社会主義が、国民に生産手段所有の自由や企業経営の自由などの「経済的自由」を保障すると、資本家による労働者の「搾取」(註52)が可能となり、貧富の格差が拡大し、社会主義の指導理念である「平等」に反するとされるからである。
そして、社会主義が、国民に思想・良心・集会・結社・言論・出版・表現の自由などの「政治的自由」を保障すると、国民による社会主義政権に対する政権批判が可能となり、政権が崩壊するからである。社会主義国家における「共産党一党独裁」は、政権交代を認めず、国民に政権選択の余地をなくし、永久政権化を意図したものである。
2,ソ連崩壊はペレストロイカ「言論の自由」拡大が最大原因
1991年のソ連の崩壊は、計画経済の非効率による経済停滞、米国との軍拡競争、国民の民主化要求、など様々な要因があるが、ソ連共産党ゴルバチョフ書記長が進めたペレストロイカ(「政治改革」)により「言論の自由」が拡大し、国民に共産党政権に対する政権批判が可能となったことが極めて重要な政治的要因である。(註53)
中国共産党政府によるインターネット等に対する厳しい言論統制も、国民に「言論の自由」を保障すると共産党政権に対する政権批判が可能となり、旧ソ連と同様に共産党政権が崩壊する恐れがあるからである。
3,一元的価値観の社会主義は「自由」と矛盾し対立する
このように、「社会主義」と「自由」は矛盾し対立する。原理的にも、資本主義は哲学上の「多元的価値観」(「価値観の共存を認める」)に基づくのに対し、社会主義は哲学上の「一元的価値観」(「価値観の共存を認めない」)に基づく。したがって、社会主義が、価値観の共存を認めない「マルクス・レーニン主義」(「科学的社会主義」)に立脚する以上は、「社会主義」と「自由」は原理的にも矛盾し対立するのである。
特に、「マルクス・レーニン主義」(「科学的社会主義」)の核心である「プロレタリアート独裁」(「共産党一党独裁」)の下では、レーニンによれば「自由も民主主義もあり得ない。」のである(レーニン著「国家と革命」(「前掲」)555頁)。
第五、資本主義の強靭な創造力と復元力
ヨゼフ・アロイス・シュンペーターの「創造的破壊」による資本主義の強靭な創造力と復元力は今も健在である。
1,シュンペーター「創造的破壊」の衝撃
シュンペーターは、「不況」や「恐慌」という一種の災害が経済を長期的にはより望ましい方向に調整するための必要悪であることを提起し、「不断に古いものを破壊し新しいものを創造して、内部から経済構造を革命化する創造的破壊の過程こそ資本主義の本質だ」(註54)と述べている。「不況や恐慌は古い産業を淘汰し、人的物的資源を再配分し、古い産業に代わって新しい産業を成長させ<構造改革>を促進するからである」(註55)。
資本主義が1930年代のいわゆる「資本主義の全般的危機」(「1928年コミンテルン第6回大会採択のコミンテルン綱領によるテーゼ」)の時代を乗り越えたのは、資本主義が有する「創造的破壊」の強靭な創造力と、したたかな復元力によるものである。
マルクス主義者はこの資本主義が有する強靭な創造力と、したたかな復元力を決して侮ってはならないのである。資本主義は社会主義の「失敗」(「暴力革命とプロレタリアート独裁による共産党一党支配・個人崇拝・粛清・言論抑圧・人権抑圧・非効率な指令型計画経済」等)を学んでいるが、社会主義は資本主義の強靭な「創造力」と、したたかな「復元力」を学んでいない。
2,レスター・C・サロー著「資本主義の未来」の卓見
米国マサチューセッツ工科大学の経済学博士レスター・C・サロー教授著「資本主義の未来」の下記の言葉を引用する。資本主義の本質と強靭性を実に見事に分析している。
「産業革命が起こり、物質的な生活水準を上げることに成功したのは資本主義だけであった。資本主義以外の経済体制は結局どれもうまくいかなかった。経済を支配するのは市場であり市場だけである。資本主義だけが人間の個性を生かし、卑しいものとされる貪欲や、私利私欲の追及を利用して生活水準を上げることができた。資本主義に対抗したファッシズムも社会主義、共産主義もことごとく消え去った。」(註56)
ソ連社会主義は、スターリン政権以来の「生産手段国有化」による共産党官僚及び国家官僚(「ノーメンクラツーラ」)指導の上からの指令型<社会主義計画経済システム>に固執し、資本主義の「市場経済」を本格的に導入しなかったために崩壊した。
3,中国の経済発展は「資本主義の勝利」
しかし、中国は、毛沢東時代の「人民公社」や「大躍進政策」の失敗で、長期にわたって経済は疲弊し停滞していたが、鄧小平の「改革開放政策」により、資本主義の「市場経済」を本格的に導入し、<社会主義市場経済システム>の下で、驚異的な経済発展を遂げた。
中国は、「政治は社会主義で経済は資本主義」なのである。上記の事実は、生産力の発展に関しては、<資本主義経済システム>が、<社会主義経済システム>よりも格段に優れていることを証明している。仮に、中国が上記の毛沢東思想(「共産主義思想」)による「人民公社」や「大躍進政策」をいつまでも続けておれば現在の経済発展はない。中国の経済発展は、実は「資本主義の勝利」なのである。
4,社会主義における「労働意欲の喪失」
ソ連「集団農場」(「コルホーズ」)の失敗や、中国「人民公社」の失敗の原因は、「私益」を否定し、「公益」を優先した「社会主義的集団労働」における労働のインセンティブ(「動機付け」)の欠如に集約される。
ここに極めて重大な「教訓」がある。すなわち、社会主義の経済的失敗は、社会主義が重視する「集団の利益」(「公益」)のための「社会主義的集団労働」には、労働のインセンティブが欠如しているからである。これに対して、資本主義の経済的成功は、「個人の利益」(「私益」)が労働の強力なインセンティブになっているからである。マルクス主義研究者の村岡到氏も、著書「ソ連邦の崩壊と社会主義」で、ソ連邦の経済を一貫して悩ませた問題の一つとして「労働意欲の喪失」を指摘しておられる。(註57)
このため、ソ連では「労働ノルマ」(「労働の基準化」)(註58)が制度化された。しかし、労働者は「労働ノルマ」を達成できなければペナルティを課されて「義務労働化」ないし「強制労働化」し、逆に、「労働ノルマ」を超えて達成すれば、新たな厳しい「労働ノルマ」が課されるから、いずれにしても、労働者にとって労働意欲を高めるものではない。
この労働意欲(「労働インセンティブ」)の問題は、マルクスが「未来社会」として理想視する「アソシエーション」(「自由で平等な共同社会構想」)(註59)の実現可能性や持続可能性の問題にも影響するのであり、日本共産党が2004年綱領で「共産主義の理想」と規定した「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会への本格的な展望」においても、あらゆる経済活動に必要不可欠な「労働インセンティブ」が働かないため、労働意欲が低下し経済が停滞する可能性が大きいのである。
5,ソ連社会主義の評価すべき点とは
以上の通り、筆者は、「社会主義」特に「ソ連社会主義」を厳しく批判してきた。しかし、ソ連は、1957年10月4日世界で初めて人工衛星・スプートニク第1号を打ち上げた。まさに、宇宙時代の始まりであり、疑いなく人類の歴史にとって画期的な出来事であった。これは、ソ連政府による、教育・技術・科学分野への人的物的資源の重点配分の成果であり、政府主導の社会主義の利点であることは否定できない。
また、8時間労働制・有給休暇・女性の権利・医療・教育無償化など評価すべき点もある。筆者は「ソ連社会主義」を全否定するものではない。「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」による「共産党一党独裁」「共産党官僚・国家官僚(「ノーメンクラツーラ」)による強権的支配」「粛清」「強制収容所」「市民的自由抑圧」「基本的人権抑圧」「非効率な指令型計画経済」などを批判しているのである。
第六、おわりに(「思想的立場」)
1,筆者の思想的立場
おわりに、筆者の思想的立場を明確にしておきたい。筆者はベルンシュタインの社会民主主義に基づく「漸進的な社会改良主義」(「修正資本主義」「混合経済体制」)、具体的にはスウェーデン・デンマーク等の「北欧型福祉国家」に共鳴している。
その理由は、「北欧型福祉国家」では、三権分立の政権交代可能な「議会制民主主義制度」が確立し、思想・良心・集会・結社・言論・出版・表現の自由等の「市民的自由」と「基本的人権」並びに男女間の機会均等、政府及び政権政党批判の自由が最大限保障され、且つ、持続可能な経済成長を目指し、所得再配分政策及び社会保障政策が充実徹底しているからである。
「生産過程は資本主義的競争原理で高い生産性を維持しながら、分配過程は社会主義的な平等原理で徹底的な所得再配分をする国。その意味では資本主義でも社会主義でもない<第三の道>がスウェーデンである。」(註60)
2,小泉信三博士・河合栄治郎博士を尊敬する
なお、筆者は、日本の学者では、「共産主義批判の常識」「マルクス死後50年」「私とマルクシズム」等の著者元慶應義塾大学塾長小泉信三博士と、「社会思想史研究」「社会政策原理」「ドイツ社会民主党史論」等の著者元東京大学経済学部長河合栄治郎博士を尊敬している。
小泉博士は、「自由と民主主義」の立場から、暴力革命とプロレタリアート独裁の「共産主義」を理論的に鋭く批判され、「共産主義」は言論の自由等の「市民的自由」や「基本的人権」を保障する自由・民主主義国家には適合しない思想であることを明らかにされた(註61)。また、河合博士は、「マルクス経済学」で最も重要な「剰余価値法則」の誤謬を解明された(註62)。
(了)
<脚註>
(註1)マルクス著「資本論」第一巻向坂逸郎訳46頁~47頁。昭和46年岩波書店刊。
(註2)ソ同盟科学院経済学研究所著「経済学教科書」第一分冊マルクス・レーニン主義普及協会訳113頁~114頁。1955年合同出版社刊。
(註3)「資本論」第一巻50頁~51頁。
(註4)「経済学教科書」第一分冊115頁~116頁。132頁以下。
(註5)「資本論」第一巻124頁。205頁。
(註6)「経済学教科書」第一分冊124頁。132頁~133頁。
(註7)「資本論」第一巻221頁。
(註8)「経済学教科書」第一分冊180頁~181頁。
(註9)「資本論」第一巻271頁。280頁。
(註10)「経済学教科書」第一分冊183頁。185頁。
(註11)「資本論」第一巻303頁。409頁。
(註12)「経済学教科書」第一分冊191頁~192頁。
(註13)「資本論」第一巻726頁。728頁~729頁。786頁~787頁。
(註14)「経済学教科書」第一分冊234頁。236頁。
(註15)「資本論」第一巻896頁。
(註16)「経済学教科書」第一分冊237頁。
(註17)「資本論」第一巻789頁。793頁。810頁。
(註18)「経済学教科書」第一分冊236頁。244頁。
(註19)エンゲルス著「空想から科学へ」世界思想教養全集第11巻川口武彦訳186頁(「社会的生産と資本主義的領有との矛盾はプロレタリアートとブルジョアジーとの対立となって明るみに現れた。」)昭和37年河出書房新社刊。
(註20)「資本論」第一巻951頁~952頁。
(註21)「経済学教科書」第一分冊248頁。
(註22)レーニン著「レーニン全集」レーニン全集刊行委員会訳第22巻(「帝国主義論」)277頁(「個々の企業、個々の産業部門、個々の国の発展における不均等性と飛躍性は資本主義の下では不可避である。」)347頁~348頁(「資本主義は以前とは比較にならないほど急速に発展する。この発展は一般に増々不均等になるばかりでなく、この不均等は、特に資本力の最も強い国々、例えばイギリスの腐朽のうちに現れている。」)第24巻545頁(「鎖の強さは、その最も弱い一環の強さで決まる。そこが壊れたら鎖全体が切れる。政治も同じことだ。」)第25巻391頁(「ロシアは他国より遅れている、ロシアにとって戦争は特に困難である、ツアーリズムが極度に腐敗している、だから他国より先駆けて革命が勃発した。」)第28巻67頁(「帝国主義の鎖の輪を粉砕した最初の国がロシアであった。」)第33巻498頁~499頁。1957年大月書店刊。レーニン<不均等発展の法則>とは、「資本主義社会では、個別資本間、各生産部門間、各国家間の発展が不均等に進む」との法則である。これは、自由競争原理の資本主義では、個別資本内部では計画によって生産が行われるが、社会全体としては無計画であり、もっぱら個別資本の利潤追求のために生産が行われるため、個別資本間の発展は不均等になり、これが各生産部門や各国家にも及ぶという理論である。
(註23)スターリン著「スターリン全集」第一巻スターリン全集刊行会訳12頁で、スターリンも「レーニンの革命理論は、社会主義革命は必ずしも資本主義が最も発展している国で勝利するのではなく、資本主義の戦線が弱く、プロレタリアートがこの戦線を断ち切ることが比較的容易であって、且つ少なくとも資本主義の中くらいの発展水準が存在している国で最初に勝利するであろうことを出発点としている。」と述べている。1980年大月書店刊。しかし、この見解は、レーニンと同様に、単にロシア革命を後から説明し正当化したものに過ぎず、マルクス著「資本論」の「資本主義が発達すると社会主義に移行する」との「資本主義崩壊論」や「史的唯物論」とは明らかに矛盾する。
(註24)マルクス著「経済学批判」大内力他訳14頁。2013年岩波文庫。
(註25)平田清明著「市民社会思想の古典と現代」251頁。1996年有斐閣刊。
(註26)レーニン著「レーニン全集」第22巻(「帝国主義論」)318頁以下。349頁(「帝国主義は死滅しつつある資本主義である。」)
(註27)「ソ連社会主義」を否定する日本共産党や、「国家資本主義説」などを主張する異論がある。しかし、「生産手段の国有化」と「計画経済」により、ソ連は社会主義であったと考える。ただし、「ネップ」(「新経済政策」)により「市場経済」が一時的に導入された社会主義革命初期の段階では「国家資本主義」の要素があった。
(註28)マルクス著「ゴーダ綱領批判」世界教養全集第11巻渡辺寛訳131頁。昭和37年河出書房新社刊。
(註29)「資本論」第一巻808頁~810頁(「資本蓄積は相対的過剰人口=産業予備軍(「失業者」)を増やし、必ず貧困の蓄積を生む。これが資本主義的蓄積の絶対的一般法則である。」)
(註30)「経済学教科書」第一分冊244頁~245頁(「利潤を増やそうとする熱望は搾取階級の側での富の蓄積と無産階級の側での失業と貧困と抑圧の増大をもたらす。資本主義が発達するにつれて、プロレタリアートの相対的貧困化と絶対的貧困化が進み、プロレタリアートの生活水準は低下する。」)
(註31)レーニン著「レーニン全集」第18巻(「資本主義社会における貧困化」)466頁(「労働者は絶対的に貧しくなっていく。前よりも貧乏になり、前よりも悪い生活を送り、もっと乏しい食事をとり、もっと腹を減らし、穴倉や屋根裏部屋に住まねばならなくなる。」)
(註32)宇野弘蔵編「資本論研究」第二巻204頁。1970年筑摩書房刊。
(註33)ジョン・ガンサー著「ソウ‘エトの内幕」湯浅義正訳184頁。昭和33年みすず書房刊。
(註34)マルクス・エンゲルス著「共産党宣言」世界教養全集第11巻都留大治郎訳66頁。昭和37年河出書房新社刊。
(註35)レーニン著「レーニン全集」第25巻498頁(「近代の賃金奴隷は資本主義的搾取のため、今なお窮乏と貧困にひどく押しつぶされている。彼らは民主主義どころではなく、政治どころではない。」)
(註36)田上孝一著「99%のためのマルクス入門」130頁。2021年晶文社刊。
(註37)蔵原惟人著「蔵原惟人評論集」第九巻187頁。1979年新日本出版社刊。
(註38)マルクス著「ゴーダ綱領批判」(「前掲」)139頁(「資本主義と共産主義の間の過渡期の国家はプロレタリアートの革命的独裁以外には存在しえない。」)
(註39)レーニン著「国家と革命」世界の名著第52巻488頁(「プロレタリア国家によるブルジョア国家の置き換えは暴力革命なしには不可能である。」)555頁(「プロレタリアート独裁は資本家の反抗を暴力で打ち砕き粉砕する。暴力のあるところ自由も民主主義もない。」)昭和41年中央公論社刊。
(註40)宮本顕治著「日本革命の展望」127頁(「革命が平和的か非平和的かは敵の出方で決まる。」)220頁(「プロレタリアートの独裁を経ることなしには社会主義社会は維持できない。」)1966年日本共産党中央委員会出版部刊。
(註41)不破哲三著「人民的議会主義」241頁~243頁(「社会主義日本ではプロレタリアート独裁が樹立されなければならない。革命が平和的か暴力的かは敵の出方による。」)1970年新日本出版社刊。
(註42)松田道雄著「革命と市民的自由」84頁。1976年筑摩書房刊。
(註43)F・A・ハイエク著「隷属への道」西山千明訳126頁(「経済的自由なしにどんな自由も存在しない。」)130頁(「私有財産は自由の最重要の基礎である。」)134頁以下(「生産手段を独占した政府による計画経済は諸個人の自由や運命が政府の手に握られる。」)2021年春秋社刊。
(註44)田上孝一著「99%のためのマルクス入門」(「前掲」)188頁(「計画経済は行うべきではない。なぜなら、ソ連の計画経済なるものは労働者から疎外された国家官僚(「ノーメンクラツーラ」)が労働者の都合を無視して行っていたものだからである。」)
(註45)菊池昌典著「増補・歴史としてのスターリン時代」160頁以下(「スターリンによる粛清は<人民の敵>概念で行われた。粛清の理由は、資本主義国に包囲されスパイが送り込まれていること、トロッキストの反党行為を理由とするものである。」)158頁(「粛清の規模は、党員50万人~85万人、軍人3万5000人との研究結果がある。」)1984年筑摩書房刊。
(註46)アナ・ファンダー著「監視国家」伊達淳訳78頁~81頁(「東ドイツは史上最も監視体制の徹底した国であった。秘密警察シュタージの任務はドイツ社会主義統一労働者党の矛となり盾となることであったが、権限はそれにとどまらず、党を人民から守ることにまで及んだ。」)2005年白水社刊。
(註47)林健太郎著「昭和史と私」293頁(「東ドイツから西側へ亡命した人々にはインテリもいるが労働者や農民が多い。共産主義国は<労働者の天国だ>などと言われたこともあったが、その<天国>から大勢の労働者が逃亡しているのである。」)平成5年文藝春秋社刊。
(註48)松田道雄著「前掲書」21頁(「これらの支配者たち(「チェコ共産党指導部」)の最大の罪悪のトリックは、労働者階級の意思を代表すると見せかけることである。だが実際は、党官僚たちが労働者の名において資本家に代わって国家の新たな支配者になったのだ<チェコ二千語宣言>より」)。
(註49)石平著「中国共産党暗黒の百年史」70頁~71頁(「毛沢東が起こした文化大革命では私設の裁判が行われ拷問による自白強要・違法な逮捕・拘禁・捜査が常態化した。反革命とされ命を失った人は撲殺、処刑、自殺により数百万人から数千万人に上る。」)2021年飛鳥新社刊。
(註50)日本共産党中央委員会著「日本共産党の70年上巻」240頁以下。1994年新日本出版社刊。
(註51)大内力著「国家独占資本主義」262頁。1970年東京大学出版会刊。
(註52)「搾取」については、社会主義国家の「国有・国営企業」で働く労働者も、交換価値(「賃金」)を生産する「必要労働」を超えて、剰余価値(「利潤」)を生産する「剰余労働」に従事する。この剰余価値は「国有・国営企業」の取得となる。剰余価値の取得が「搾取」であるとすれば、「国有・国営企業」も「搾取」になる。「国有・国営企業」は「搾取」した剰余価値を、研究開発投資・設備投資・賃金・役員賞与・税金・内部留保等に使用するのであり、資本主義国家の「資本家」が経営する「私企業」の場合とは、株主への「配当」を除き大きな違いはない。しかし中国では株式市場が存在し、剰余価値は株式の「配当」にも使用されるから、資本主義国家において資本家が経営する「私企業」の場合と大差はないと言えよう。要するに、「搾取」という名称の問題ではなく、「搾取」の実態が重要なのである。
さらに大きく深刻な問題がある。それは、旧ソ連、中国などの社会主義国家では三権分立ではなく、「共産党の最高権力者が政治権力と経済権力をともにその手中に収めるため、その権力が絶大になる。労働者は、自己を雇用する国家(「権力者」)を批判できないから、国家に雇用され国家に服従する賃金労働者の地位に転落し、労働者の疎外の問題も解決されないことになる。」(木村汎他著「ソビエト研究」127頁。1985年教育社刊)。このような側面も否定できないであろう。中国の習近平国家主席が想起される。
(註53)塩川伸明著「ソ連はどうして解体・崩壊したか」26頁~29頁。村岡到編著「歴史の教訓と社会主義」所収。2012年ロゴス社刊。
(註54)シュンペーター著「資本主義・社会主義・民主主義」(上巻)中山伊知郎・東畑精一訳150頁~151頁。昭和63年東洋経済新報社刊。
(註55)竹森俊平著「経済論戦は甦る」174頁。2003年東洋経済新報社刊。
(註56)レスター・C・サロー著「資本主義の未来」山岡洋一・仁平和夫訳11頁。1996年TBSブリタニカ刊。
(註57)村岡到著「ソ連邦の崩壊と社会主義」203頁。2016年ロゴス社刊。
(註58)「経済学教科書」第三分冊782頁(「労働の基準化=労働ノルマとは一定の作業をやり遂げるための時間と出来高を定めるものである。」)
(註59)マルクス・エンゲルス著「共産党宣言」(「前掲」)55頁(「各人の自由な発展が、すべての人々の自由な発展のための条件となるような、一つの協力体が現れる。」)
(註60)岡沢憲芙著「スウェーデンの挑戦」76頁。1992年岩波新書。
(註61)小泉信三著「共産主義批判の常識」小泉信三全集第10巻36頁。(「多数意思の尊重と政府に対する批判の自由が民主主義の神髄であるならば、反対党の存在を許さず、強大な政治警察を必要とするソ連は民主主義国家ではない。」)昭和42年文藝春秋社刊。
(註62)河合栄治郎著「社会政策原理」河合栄治郎全集第3巻386頁(「剰余価値=利潤は可変資本<労働力>のみではなく、可変資本と不変資本<機械>の需給関係で決まるから、マルクスの「剰余価値法則」は誤謬である。」)。昭和57年社会思想社刊。
(以上)
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