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2022-07-02 00:00
(連載1)拡張主義はロシアという国家の本性か
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
プーチン大統領が自らをピョートル大帝に模したことが話題だ。17世紀末から18世紀初頭にかけて、ロシアの拡張主義的政策を主導したピョートル大帝への参照は、
プーチン大統領の野心を明らかにしたもの
だと受け止められている。それは、全くその通りである。ロシア・ウクライナ戦争中だから話題になっただけで、以前から自明視できた点だ。 だが本当の論点は、むしろプーチン大統領をこえた地点にある。
拡張主義は、ロシアという国家の本能的な性質か否か、が大きな論点だ。 冷戦時代には、「ソ連」は共産主義という特殊なイデオロギーを掲げていたがゆえに拡張主義をとっている、という見方もあった。これは共産主義体制の崩壊に伴う冷戦の終焉によって、ロシアは拡張主義をとることをやめる、という楽観論につながっていった。これに対して、「ロシアは拡張主義をとる本性を持つ」、という洞察を提示する論者も多々存在している。まさにピョートル大帝の時代に「ヨーロッパ」にロシアが参入してきた時代からの長い歴史的スパンで見るならば、ロシアが「ソ連」などをこえて拡張主義的政策をとる性質を持つ国家であることは明らかだ、と考える論者たちである。
その代表例は、誰も攻めてこない北極圏を後背地で持ちながら、大海へのアクセスを持たないという制約を持つ国家であるロシアは、必然的に海を求めて拡張政策をとる、と洞察した「地政学者」のハルフォード・マッキンダーだろう。私などは、小学校の時分に倉前盛通氏の『悪の論理―地政学とは何か』(1980年)を読んだときからマッキンダー地政学の世界観にはなじんでいるので、「ロシアは標準モードでは拡張主義をとらないのだ、ロシアが拡張主義をとるのはあくまでもNATOを率いるアメリカに追い詰められて切羽詰まったときだけなのだ」、という反米主義者の方々の主張には、どうもなじめない。今にして思えば、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻を見て、印象が深まっていた時代だったのだろう。岡崎久彦氏の『戦略的思考とは何か』が出版されたのも1980年代初めだった。岡崎氏は、ヘンリー・キッシンジャー氏に大きな影響を受けた人物だが、岡崎氏が監訳したキッシンジャー『外交』という書物の中には、次のような一節がある。
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ロシア史の矛盾は、十字軍的な傾向とぬぐい切れない不安感との、絶えざる相克に起因している。この相克は究極的には、帝国が領土を拡張しない限り分裂してしまうとの恐怖を生み出した。ポーランドの分割に際してロシアが第一の立役者となったのも、一方では安全上の理由があったにせよ、他方では、一八世紀的な勢力拡大の意図によるものだった。そして一世紀後には、征服はそれ自体が目的になるのである。一八六九年に、汎スラブ主義の将校ロスチラフ・アンドレイエビッチ・ファデイエフは、強い影響力を持った「東方問題についての所論」なる論文において、ロシアは従来からの征服の成果を守るために西方への進出を続けなければならないと書いている。「ドニエプル川からビスツラ川までのロシアの歴史的進出(すなわちポーランドの分割)は、ロシアに属さない、ヨーロッパの領域への侵入であり、ヨーロッパに対する宣戦布告を意味した。・・・」 ファデイエフのこの分析は、ジョージ・ケナンが、ソ連邦の行動の根源について書いた研究論文において、東西分割線の反対側から行った分析とあまり違わなかった。この論文においてケナンは、ソ連邦が勢力の拡張に成功しなければ、ソ連邦は分裂し、崩壊するであろうと予告している。」(194-195頁)
――――――――――――――――――(つづく)
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