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2022-07-03 00:00
(連載2)拡張主義はロシアという国家の本性か
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
こうした歴史的・地政学的視点に立ったロシア論からしてみると、「NATOの東方拡大がロシアを追い詰めて、切羽詰まったプーチン大統領がやむに已まれず冒険的な行動に出た」といった見方は、茶番でしかない。むしろソ連の崩壊に伴って、ロシアの「勢力圏」から解放されたが、「力の空白」の状態のままに留め置かれていたがゆえにNATOへの加入を懇願した東欧諸国を無視することは、遅かれ早かれ再び拡張主義を取り始めるだろうロシアの脅威を考えれば、かえって地域を不安定にする怠慢だ、という洞察が、NATOの東方拡大を裏付けていた。プーチン以前の民主派であったはずのエリツィン大統領の時代においてすら、モルドバにおける沿ドニエストル共和国を作り上げたロシアの対外行動、分離独立運動を起こしたコーカサスのチェチェン共和国に対する苛烈な軍事行動があった。1990年代の段階で、ロシアの拡張主義を警戒したことが、全くの取り越し苦労であったとは言えない。
プーチン大統領は、第二次チェチェン紛争、ジョージアの南オセチア紛争、ウクライナのクリミア併合と東部紛争と、旧ソ連地域における「勢力圏」の確保にいっそう積極的な政策をとり、さらには中東のシリアや、アフリカのリビア、中央アフリカ共和国、マリなどでも、軍事介入を行ってきた。その流れの中で、2022年のウクライナ侵略戦争も起こっている。これはプーチン大統領の個人的性癖にもよるところも大きいのだろうが、プーチン大統領はロシアの国力を復活させたがゆえにさらなる積極的な対外行動に出ただけで、要するに大統領が誰であろうと、ロシアは本質的に拡張主義をとる国家なのだ、と総括することもできる。
日本は島国であるがゆえに、対外的な拡張主義で領土が拡大するという意識が乏しい。他国の拡張主義で領土が縮小するという意識も乏しいのは、幸せなことである。しかしユーラシア大陸の中央に位置するロシアは、領土について全く異なる考え方を持っている。拡張主義と国益の相関関係についても、日本人とは全く異なる考え方を持っている。
未だに日本人の多くが、「西側」と「ロシア」が対立している、という言い方から脱することができないのも、気になる。対立しているのは、「ヨーロッパ」と「ロシア」である。アメリカを含めた欧米圏を意識するのであれば、「西洋文明」としてのThe Westと「ユーラシア主義」の中心としてのRussiaである。いずれにせよ、短絡的な動機と、近視眼的な歴史観だけで、ロシア擁護の言説を展開するのは、危険な火遊びである。反米主義の方々は、自らが関わっているのが危険な火遊びでないかどうか、よくよく注意してみてほしい。(おわり)
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