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2022-08-17 00:00
(連載1)なぜダボス会議のキッシンジャー発言は誤解されたのか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
ロシア・ウクライナ戦争の行方について、防衛研究所の千々和泰明氏との対談とそれを補強する内容の記事、「ロシア・ウクライナ戦争『終結のシナリオ』と新しい『安全保障体制』構築の道筋(上・下)」(2022年7月23日)を『フォーサイト』さんに掲載していただいた。ここで説明されているのは私の「お土産論」(ロシアへの領土割譲を伴う講和)者に対する批判の説明でもある。「お土産」論者の中には、終始一貫して「親露派」としての立場を崩していないがゆえに、ウクライナの全面譲歩を要請し続けている方々もいる。だが、たとえばキッシンジャー元米国国務長官のダボス会議での発言を「ウクライナに領土の割譲を求めたものだ」と断定し、「キッシンジャーのような偉い学者も領土の割譲を求めているのだ、ウクライナ人はキッシンジャーのような偉い学者の言うことを聞いて早く領土をロシアに渡して戦争を終結させろ」といった趣旨のことを公に発言してきた方々も、広い意味での「お土産」論者であると言える。
これらの「お土産」論者がキッシンジャーを誤読していることは、私が繰り返し指摘していたことだが、キッシンジャー自身も、「自分はそんなことは言わなかった」、「ウクライナは領土を割譲すべきではない」と述べて、予測していなかった「お土産」論者たちの自分の発言に対する誤解への訂正を求めている(「『領土割譲すべきでない』 情勢複雑と米元国務長官」共同通信社、2022年7月23日)。なぜ「お土産」論者は、キッシンジャーを誤解してしまうのか。
ウクライナ情勢に即した形では、私の上記拙稿を読んでいただきたいわけだが、いずれにせよ日本の「お花畑」思考の限界が露呈していることは、言うまでもない。「お花畑」思考者は、戦争の調停は、日本のような善良な第三者が誠意をもって紛争当事者に妥協を説得することによって達成される、などと思い込んでいるのである。そのため「日本は善良な第三者として汗をかけ」、「ウクライナは妥協せよ」、「アメリカは世界支配を諦めろ」といった感情的な主張をしてしまう。開戦初期に見られた橋下徹氏のような「ウクライナは降伏せよ、降伏を要請しない者は全て『戦う一択』論者だ」といった乱雑な主張も出てくる。
しかし、戦争の開始がそうであるように、戦争の終結も、死活的な利益の計算によって初めて成り立つ。善良な第三者の口八丁手八丁の美辞麗句で、「ウクライナ人よ、プーチンが嘘をついているとわかっていても騙されてくれ、もう俺は日本のテレビのお茶の間で戦争のニュースを見るのは嫌なんだ」、といった説得に応じることは、紛争当事者にはできない。(つづく)
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