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2022-09-04 00:00
(連載1)プーチン後のロシアを考えよう
松井 啓
初代駐カザフスタン大使
8月30日ソ連邦最後の大統領であったゴルバチョフが91歳の生涯を閉じた。1991年にソ連邦が崩壊しエリツインが初代ロシア連邦大統領となり、2000年にプーチンに引き継がれ、それ以降今日までの22年の間、ロシアは実質的にプーチン大統領の統治下にある。プーチンは自らKGB(ソ連秘密警察)の要員となり東独ドレスデンでソ連崩壊を目の当たりに見、民主化による大衆の恐ろしさを肝に銘じた。プーチンは2世紀前のピョートル大帝とエカテリーナ女帝の肖像画を執務室に掲げ、「ソ連邦の崩壊は20世紀最大の悲劇である」と嘆じ、ピョートル大帝時代の版図の再興を夢見ている。2008年には国境を接するジョージアからアブハジアと南オセチアを独立させ、2014年にはウクライナからクリミア半島を奪取し、本年に入りウクライナ東部のルガンスク及びドネツクの2州の独立を承認し、3月24日にはウクライナにロシア軍を侵攻させロシアへの編入を図ったが、米国を始めとするNATO諸国の支援による反攻により半年以上経過した今も収束の見通しはない。
プーチンに対するロシア国内の支持率は情報操作の効果もあり、クリミア併合の時と同様80%程度を保っており、重度の甲状腺癌等によるプーチンの不健康説があったが最近では数回国外旅行も行っており、軍内部の反乱でもない限り、2024年にはそのまま大統領に居座ることとなろう。ロシア連邦は共和国、自治州自治管区等85の行政主体からなり、100以上の民族からなるので、これを一つの国として統治するには家父長的伝統による強権制に寄らざるを得ない。ノーベル平和賞を贈られたゴルバチョフが国内的には不評であるのは、欧米流の自由や民主主義がこのような政治風土に根付いていないからで、外部からの民主化の働きかけはかえって混乱とロシア人の反発を招くこととなる。今後如何なる指導者が表れようとも結局は強権的政治に落ち着くであろう。また、ゴルバチョフの唱えた経済改革(ペレストロイカ)にしても、ロシア人の多くが帝政時代に地主貴族が農民を搾取して贅沢な暮らしをするのを理想とする他力本願(外国人や外国資本に働かせる)のメンタリティーから抜けだし切れずにいることに留意しておくべきであろう。
他方、ソ連時代のモスクワを中心とした単一通貨、単一経済財政政策とサプライチェーン、単一軍隊、ロシア語の単一公用語(カザフ語の表記文字は2回変更された)と教育制度はある意味ではEUを一歩先んじていたが、ソ連崩壊後のモスクワの求心力は急速に弱まっており、更に今次ロシア軍のウクライナ侵攻はかつてのソ連邦構成国に「いずれ我が身」の警戒心を惹起させたであろう。
カザフスタンのトカーエフ大統領は本年2月の国内暴動鎮圧のため集団安全条約機構から2,500名の軍隊の派遣(実質的にはロシア兵)を2週間要請したが、これはプーチンの筋書きによりトカーエフに要請させた可能性もありうる。(注:1956年のハンガリー動乱、1968年のプラーハの春の民主化運動はブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)によりワルシャワ条約機構(WTO)軍の派兵で圧殺されたが、いずれもそれぞれの国から要請による軍事支援の形を取った。)トカーエフは、ロシアが2008年国境を接するジョージアの南オセチアとアブハジアを独立させた2領域を承認していない。また同じくロシアが独立を承認したウクライナ東部のルガンスク、ドネツク2州も承認していない。更に、トカーエフはプーチンのウクライナへのカザフ軍の派遣要請を断っている。(つづく)
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