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2022-11-21 00:00
ウクライナ軍外国人兵士に「私戦予備罪」適用を唱えるガラパゴス論
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
ウクライナ軍に参加していた日本人の義勇兵の方が一名亡くなられたというニュースを見た。どのような方だったのかは不明だ。だが、特別な状況を見て、強い思いで、参加したのだろう。心からご冥福をお祈りする。
気になるのは、これを機会に、日本人のウクライナ軍への参加が、刑法第93条(私戦予備及び陰謀)に該当するのではないか、という議論が起こっていることである。看過できない由々しき議論である。
刑法第93条は、「外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。」と定める。この条項の適用を主張するということは、ウクライナ軍への参加を「私的な戦闘行為をする目的」とみなすということである。
平成26年10月に、北海道大学の学生らがイスラム過激派組織「イスラム国(ISIS)」に参加して戦闘するためにシリアに渡航しようとしたことが発覚した。私戦予備罪、私戦陰謀罪の容疑で、警視庁公安部が家宅捜索や任意の事情聴取を行い、当時北海道大生であった男性(31歳)とイスラム法学者の元同志社大学教授(58歳)ら5人が書類送検された。
ウクライナ軍に参加している日本人が、同じ罪に問われる可能性があるとすると、それはつまり、テロ集団ISISに参加することと、主権国家ウクライナの正規の軍隊に参加することとを、同一視する、ということである。ウクライナ軍への参加を、「外国に対して私的に戦闘行為をする目的」を持った行動とみなすということだ。
日本政府は、ウクライナに侵略したロシアに制裁を科し、自衛権を行使して侵略軍と戦っているウクライナ政府を支援している。それにもかかわらず、ウクライナ軍をISISと同じ「私的に戦闘行為」を行っている集団だとみなすべきだと主張するのだとしたら、大スキャンダルだろう。ありえない話である。
刑法第93条の適用を示唆している者は、どうやら日本人はウクライナ軍に参加しても、日本人である以上、「私的に戦闘行為」をすることしかできない、と考えているようである。
こうした方々は、日本人は、主権国家である正規のウクライナ軍に参加しても、日本国籍を持つ限り「私戦」しか戦えない、なぜなら日本人だからだ、と主張したいらしい。日本人は日本政府の命令で日本の軍隊を通じてして戦うのなら「私戦」ではない戦争を戦えるが、日本ではない国家の軍隊を通じて戦うのなら「私戦」しか戦えない、と断定するという立場は、極度に抽象的な「国民」概念を振りかざした議論である。
主権国家であるウクライナを代表するウクライナ政府は、ウクライナ軍に参加している外国人兵士を、正式なウクライナ軍兵士として、ウクライナ国内法上の根拠にのっとり、政府との契約行為を通じて、迎え入れている。そのため、外国人兵士は、正式なウクライナ軍の指揮命令系統に組み込まれている。そしてウクライナ政府は、外国人兵士が、国際法上のいわゆる「傭兵(mercenary)」(金銭獲得などの私的目的で戦闘行為を行っている非正規兵)に該当しない、ということも、あわせて宣言している。ウクライナ軍外国人兵士を「傭兵」と呼ぶことは、ロシア政府のプロパガンダに過ぎないと指摘している。
したがって刑法第93条の適用を唱えている者は、ウクライナ政府の公式見解を真っ向から否定するわけである。その根拠は、結局、日本人は日本人だ、という粗削りな事実だけである。日本人は日本人である以上、ウクライナでウクライナの法律に従ってウクライナ政府が定めた適正な手続きをへて、いわば正式なウクライナ政府の公務員になって、正規のウクライナ軍兵士と戦っていても、絶対に「私戦」しか行えない、と断定するのである。
日本人は日本人である、という事実は、主権国家であるウクライナの国内法体系を完全否定することができるほどにまで超法規的な事実である、というわけである。国際法上の領域主権の考え方なども、日本国民は絶対主権者だという論の前では、無効化される、というわけである。
このような衒学的な主張を振りかざしている方々は、憲法学通説の神秘的な国民主権論に惑わされているのではないかと疑わざるを得ない。
これらの方々は、大日本帝国時代に、神話的な「統治権」を持ち「統帥権」を行使する「天皇大権」の主権を、1945年に「八月革命」を起こして「国民」が奪い取ったとする、宮澤俊義・東京大学法学部憲法第一講座教授の荒唐無稽な主張を、司法試験だか公務員試験だかの試験勉強をやりすぎて、大真面目に信じ込んでしまった残念な方々なのではないか。
「国民が主権者、国民こそが絶対権力者だ、そして憲法学通説の憲法優越説に従って国民の絶対主権は国際法をも凌駕する、したがって日本国民は、地上の絶対主権者として、全ての日本人に対して、ウクライナの国内法に従っても無効だ、という命令を発することができる」と大真面目に信じ込んでしまっているのではないか。
日本の憲法学通説は、国際社会で通用しないガラパゴス学説で満載されていることについて、改めてよく考え直してみてほしい。
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