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2022-11-29 00:00
英・北欧統合遠征軍をめぐる国際情勢
河村 洋
外交評論家
元の拙稿の下から2段落目で言及したJEF(Joint Expeditionary Force:統合遠征軍)について説明するとともに、それが現在のウクライナ情勢をはじめとした国際諸問題とどのように関連しているのかについても述べたい。そちらでも記されたように、これはイギリスが主導する北欧およびバルト海諸国による多国籍軍である。現在は以下の国々が加盟している。イギリス、デンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン
まずJEFの沿革から述べたい。イギリスには元々、自国の三軍によるJRRF(Joint Rapid Reaction Force:統合緊急対応部隊)があり、2000年のシエラレオネ内戦、2001年の北マケドニアでの紛争で緊急に派遣された。しかし9・11同時多発テロ事件を契機にアフガニスタンとイラクに兵力を割くようになり、自国軍だけでは即応部隊に人員を出せなくなった。そこでアフガニスタンでISAF(国際治安支援部隊)の司令官を歴任したデービッド・リチャーズ陸軍大将の発案により、2014年のNATOウェールズ首脳会議を契機に発足したのが多国籍で構成されるJEFである。
JEFの設立は、イギリスが昨年3月に打ち出した「インド太平洋地域への傾斜を強めながら欧州大西洋地域でも存在感を増す」という戦略の具現化とも言える。そのJEFとはどのような組織だろうか?それは北欧およびハイ・ノース(High North)、すなわちグリーンランドからノルウェー・ロシア国境地帯のバレンツ海に至るヨーロッパ北極圏での緊急事態に対応するための多国籍軍である。JEFは自軍の任務だけでなく、国連やNATOのような国際機関とも、あるいはアメリカ、フランス、ドイツなど個別の主権国家とも共同で該当地域の防衛に当たることができる。この多国籍軍の際立った特徴は、緊急即応性を充足させるためにNATOのような全加盟国の方針一致ではなく、その時の事態に対応できる国だけで多国籍軍を編成するということである。本年3月にはボリス・ジョンソン首相(当時)が、ロシアがウクライナ侵攻からさらに北欧およびバルト海地域にまで及ぼそうとした脅威の抑止ではJEFが最も素早く対応したと自画自賛したほどである。
ところでJEFの主要な活動地域が北欧、バルト海地域およびハイ・ノースである以上、その真ん中に位置するスコットランドの独立運動がイギリスと北欧・バルト諸国の軍事的協力に負の影響をもたらすか否かは要注意である。去る11月23日にイギリス最高裁判所は、スコットランド政府がイギリス議会の承認なしで独立に向けた国民投票のための司法手続きを棄却した。そもそもスコットランドが独立して仮にEU加盟が叶っても、自主独立で国家運営できるだろうか?現在のスタージョン政権は全ての女性への生理用品の配布など、きわめて高水準の福祉政策を行なっている。それには強固な経済的基盤が必要であるが、現在のスコットランドには高付加価値産業はあまり見られない。第一次産業に依存した経済で高福祉国家など夢物語である。
イングランドにはケンブリッジのような世界的なIT産業の拠点があるが、スコットランドにはそこまで有力な拠点はない。イギリスの航空宇宙産業もほとんどイングランドを拠点としている。そうした状況下で彼の地に高付加価値産業をもたらしているのはイギリスの軍事産業で、特に海軍はスコットランドが伝統的に強みを持っている造船業にハイテク艦船の需要を創出している。二コラ・スタージョン首相が本気で福祉国家の理念を実現する気なら、連合王国との経済関係をしっかり認識すべきだろう。
イギリスとスコットランドは国防でもウィンウィンの関係にある。冷戦期より、ロシアの脅威はムルマンスク方面から海空より迫ってきた。こうした北方からの脅威に対し、イギリスはNATO同盟諸国とともに自国の海空軍で対抗してきた。特にスコットランドは、こうした任務では戦略的に重要である。中でもファスレーンにあるクライド英海軍基地は複雑な地形から原子力潜水艦の秘匿性を保つうえで好都合で、米海軍および空軍もスコットランドに基地を持っている。スタージョン首相は自分達の自治国家が英米両国に防衛されないでロシアの脅威に対処できると信じているのだろうか?JEFに不安定要因を持ち込むことは、スコットランドにとって何の得にもならない。
だがそれ以上に現在のウクライナ危機との関係で注目すべき国際問題と言えば、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に対し、トルコが自国内ではテロリストとなっている亡命者を保護する両国の加盟には留保を主張している。イギリスと北欧諸国は旧EFTAの時代から深い友好関係にあり、それも近年のJEF設立の背景にもなっている。他方で英土関係は互いにEUのアウトサイダー同士という立場もあって、長年にわたって緊密である。イギリスはドゴール政権下のフランスから二度のEEC加盟申請拒否に遭い、1973年にやっとの思いで加盟を果たすも欧州統合のブレーキとなることが頻繁であった。他方でトルコは歴代政権がEU加盟を働きかけてきたが、未だにそれは実現していない。トルコはEUとの合意に先駆け、2020年12月にイギリスと二国間の通商合意に至った。軍事面でもトルコの次期国産戦闘機の開発はイギリスの支援を受けている。
現在、トルコはNATO加盟国としてウクライナにバイラクタルTB2無人機を供与し、本年10月には2020年に受注したウクライナ海軍向けのコルベット艦の進水式まで行なった。そして国連では、ロシアのウクライナ侵攻に対する非難および制裁の決議には一貫して賛成票を投じている。にもかかわらず、ロシアとウクライナの間での穀物輸出合意をとりまとめるなど、両国の仲介者として存在感を見せつけている。トルコがそうした役割を果たせる背景には、露宇両国との建設業や観光産業での関係、小麦の輸入、野菜果物の輸出といった深い経済関係にある。そしてトルコは両国からの小麦輸入によって、世界有数のバスタや小麦粉の輸出国となっている。それに鑑みれば、トルコと北欧両国の双方と戦略的に重要な関係にあるイギリスは、NATOの盟主アメリカとともに何らかの役割を果たしてゆくのだろうか?JEFの説明にも記された通り、スウェーデンとフィンランドはすでに中立国ではなく西側同盟に深く関わっている。そうした同盟関係をさらに強化するためのNATO拡大は、ウクライナとロシアの戦勝終結後をも睨んだ世界秩序の重要問題である。
イギリスの軍事組織に関して、国際的にも日本国内でもメディアは頻繁には報道しないかも知れない。しかしそれを巡る国際関係は英本国の近隣を超えた広がりを持っている。折しも日英の防衛協力が高まる昨今、我々としてもイギリスの国家安全保障への関心を高めておくべきであろう。
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