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2022-12-30 00:00
ANCの親露外交は欧米の黒人同胞に対する裏切りである
河村 洋
外交評論家
ウクライナ侵攻を契機に史上かつてないほど欧米との対立が悪化しているロシアだがアフリカ諸国とは緊密な関係を維持し、その内の半数近くは度重なる国連総会の場でロシアの侵攻に対する批判や制裁の決議を棄権した。その中でも南アフリカが重大な注目に値する国である理由は、プーチン政権下のロシアが世界最悪のレイシスト国家であるにもかかわらず、与党ANCはこの国との友好関係を維持しようという致命的で自己敗北的な過ちを犯しているからである。
ANCの親露外交路線はイデオロギー的に間違いで自己破滅的である。我々は誰もが、この党が冷戦終結までの数十年にもわたって反アパルトヘイト抗争を続けてきたことを知っている。ヨーロッパとアメリカの黒人同胞は彼らの反レイシズム抗争に強い連帯を示した。しかし現在のANCは自らの長きにわたる抵抗の歴史を忘れ去ったかのように、ソ連崩壊後のレイシスト国家ロシアとの友好関係を維持しようとしている。これが多人種民主主義を追求する彼らの取り組みへの支援者に対する無自覚な裏切りである理由は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がリベラル民主主義弱体化を目論んで欧米の極右を支援する最も悪名高き存在だからであり、実際にロシアの選挙介入がブレグジットやトランプ政権誕生につながった。ロシアのウクライナ侵攻による全世界的なショックがあっても、そうした右翼ポピュリストにはなおもプーチン氏と共鳴し、自分達が抱いているグローバル化による社会文化的多様性への反感と白人キリスト教ナショナリズムへの妄信による世論を広めようよしている。人種平等を標榜する政党ならば、ロシアと欧米のレイシストの間のやましい関係を決して見過ごしてはならない。
そうした親露派右翼達はアメリカ国内で酷い悪評を博している。MAGAリパブリカンは「小さな政府」の理念の名の下に、アメリカはウクライナをめぐるロシアとの対決から手を引くべきだと主張している。共和党支持者の反トランプ派団体、『共和党説明責任プロジェクト』は以下の人物達を問題視している。下院ではマージョリー・テイラー・グリーン議員(MTG)、マット・ゲーツ議員、ポール・ゴーサー議員、マディソン・コーソーン議員らがそうした極右に当たる。さらにトランプ政権期の高官ではマイケル・フリン元国家安全保障担当補佐官、ピーター・ナバロ元ホワイトハウス政策局長、スティーブ・バノン元大統領上級顧問らがクレムリンを代弁するかのように、プーチン氏のウクライナ侵攻を正当化している。そうした過激派の中には、馬鹿げたことにウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が「ソロスとクリントン家に操られたグローバリストの傀儡」だと見做す者さえある。何よりもドナルド・トランプ氏自身がウクライナ侵攻に際してプーチン氏を天才だと賞賛したほどである。彼らにはレーガン的な国家安全保障観などは全く見られない。
ヨーロッパでも極右政治家の中には親プーチンの態度を崩さぬ者も見られ、彼らの国々がアメリカ以上にロシアの脅威を直接受けることも顧みられていない。本年9月のイタリア総選挙でネオファシスト系「イタリアの兄弟」から選出されたジョルジャ・メローニ首相は対露政策で立場を転換したが、閣内のマッテオ・サルヴィーニ氏とシルヴィオ・ベルルスコーニ氏は親プーチンの姿勢を変えていない。ロシアは本年12月にハインリッヒ13世を首謀者とするドイツ極右クーデター未遂事件でも黒幕であった。容疑者の一人はハインリッヒとロシアの取り次ぎ役を果たした。親露派のデマゴーグと扇動者は欧米双方の右翼メディアにもいる。FOXニュースのタッカー・カールソン氏は自分の番組の視聴者に、ウクライナでなくロシアに味方するようにと言っている。英GBニュースのナイジェル・ファラージ元UKIP党首はもっと慎重な言い回しでロシア支持を間接的に訴えようと、ゼレンスキー氏の統治能力への懐疑的な見解を喧伝している。
このように大西洋の両側での欧米極右の名前を挙げてみれば、薄気味悪い恐怖感に駆られる。なぜブラック・エンパワーメントの党が、「トランプーチン」的なレイシストの枢軸と手を携えなければいけないのか?ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は昨年の4月にアメリカ国内の白人ナショナリストに対する心底からの共感の意を示そうと、「白人への逆差別」を非難した。実のところクレムリンと欧米の極右に共通している思想はレイシズム、反フェミニズム、そして反LGBTの価値観だけではない。プーチン政権のロシアと欧米のレイシストが共有している価値観はもっと深く根本的なもので、それをイスラエルの右翼系歴史学者ヨラム・ハゾニー氏はナショナリスト民主主義と呼び、ロシアのウラジスラフ・スルコフ元大統領補佐官は主権民主主義と呼ぶ。それはリベラル民主主義の普遍的価値観を否定し、土着主義と反近代主義の性格が強いイデオロギーである。彼ら「トランプーチン」的なレイシストは啓蒙主義とグローバル主義という、西側エスタブリッシュメントが推し進める両思想を嫌悪している。
さらにプーチン氏のウクライナ侵攻によって、ロシア国内のレイシズムも曝されてしまった。モンゴル系のブリヤート人やコーカサス地方のイスラム系ダゲスタン人など少数民族出身の兵士の死傷率は、ロシア人のそれを大きく上回っている。より重大な点は、ルースキー・ミールという概念に対するプーチン氏の解釈と実行には彼のレイシスト的な世界観が反映されているのではないかと、私は疑念を抱いている。かの有名な『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について』という論文でプーチン氏は冷戦後の国際政治における欧米の優位に対する深い怨念とともに、ウクライナの歴史と文化に対する蔑視の姿勢を顕わにして彼らの独立と主権を否定している。そうした軽蔑姿勢からすれば、ロシア軍がレイプ、強盗、拷問、殺人、その他ありとあらゆる暴力といった多くの犯罪を積み上げたことには何の不思議もない。あろうことかプーチン氏は本年4月に厚顔無恥なブチャの犯罪者達を表彰した。
そうした事情はあれ、ANCが反アパルトヘイト闘争でかつてはソ連の恩恵を受けたことは否定しようがない。アメリカでもそうだったが、かつては人種平等を目指す活動家には左翼に傾斜する以外に選択肢はなかった。彼らが共産主義の超大国を盟友としたことは当時なら自然な選択だったが、アンゴラとモザンビークでのソ連・キューバ勢力のプレゼンスを問題視するロナルド・レーガンおよびマーガレット・サッチャー両首脳にとっては非常に由々しきことであった。幸いにもネルソン・マンデラ党首は彼自身が欧米とも南アフリカの白人とも手を携えて多人種民主主義を発展させられると証明し、国際社会からも支持を得た。ともかくソ連は崩壊したのだが、ANCの指導者層は今なおロシアとの情緒的でノスタルジーに満ちた関係を感じているようだ。
どうやらアフリカ人にも日本人と同様なセンチメンタリズムがあるようにも思われる。典型的な例として故安倍晋三首相は、父晋太郎氏が残した北方領土返還実現によりソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領との間で平和条約の締結という見果てぬ夢の実現に尽力した。安倍氏は共産主義体制崩壊後のロシアとの経済協力発展を模索した。しかし安倍氏の希望的な夢はプーチン政権の力治政治という無慈悲な性質を踏まえていなかったので頓挫した。プーチン氏はゴルバチョフ氏ではない。現在のクレムリンから見れば、日本はアメリカの従属的な同盟国に過ぎず、ロシアは経済協力の見返りに領土を返還する必要もないのだ。問題は互恵性にとどまらない。イデオロギー的には旧ソ連と現在のロシアは正反対で、前者は世界各地の共産主義者を支援したのに対して後者は欧米の極右レイシストを支援している。よってANCがプーチン政権のロシアを友好国と見做すことは理に適っていない。安倍氏と同様に、彼らもロシアに幻想を抱いている。考えてもみて欲しい。アメリカとイスラエルは近代化路線のシャーの統治下にあったイランとは非常に友好的な関係にあったが、現在のシーア派神権体制にあるこの国とはそうした関係はとても考えられない。体制が変わってしまえば全く違う国になってしまうのだ。
ロシアとの友好関係を保つよりも、ANCはむしろプーチン氏の核脅迫レイシズムを非難するうえで格好の立場にある。彼のルースキー・ミール論文からはウクライナ人に対するロシア人の優越感が垣間見られ、そうした侮蔑的な思考だからこそ相手がチェチェン人、シリア人、ウクライナ人にかかわらず、敵に対してあれほど残虐になれるのだ。欧米の抑止力がなければ、彼のルースキー・ミール的価値観を否定する敵なら誰であれ大量虐殺の被害を免れないだろう。南アフリカは逆に自発的な核廃棄に踏み切った世界唯一の主権国家だが、他方でイランや北朝鮮のようなグローバル・サウスの専制国家は核拡散に手を染めている。両国ともプーチン氏の野蛮なウクライナ侵攻を支援していることを忘れてはならない。なぜ多人種民主主義の党が、レイシスト、反グローバル主義者、反啓蒙主義者の枢軸と友好関係にあらねばならないのだろうか?しかもその主要な構成者はプーチン政権のロシアと欧米の極右だというのに。
嘆かわしいことに大半のメディアは、世界各地の人種平等主義者に対するANCの無意識な裏切りに付随する壮大な矛盾を批判しない。彼らとソビエト・ロシアの歴史的な関係を「同情的」に報道しても意味はない。プーチン政権のロシアはもはや「万国の労働者よ、団結せよ!」という価値観など掲げていない。それどころか伝統主義の名の下に、今のロシアは欧米でのレイシストの不満爆発を扇動している。
アフリカ諸国の中で、南アフリカは以下の理由から私の注意を引き付けている。この国は大西洋地域とインド太平洋地域を結びつける位置にあり、それは21世紀の地政戦略で極めて重要である。またこの国の多人種民主主義の行方もグローバルな注目事項である。さらに付け加えるとこの国はアングロサクソン政治文化圏に属し、そのことは大英帝国の白人自治領としての建国の歴史に裏打ちされている。アメリカとイギリスを主要なフォーカスとしている私にとって、そうした事情から南アフリカに関心が向く。そしてだからこそ、メディアや学界にはANCの親露外交がはらむ致命的な矛盾を検証してゆくように注目を促せれば幸いである。
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