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2023-09-04 00:00
ウクライナの反転攻勢は遅いのか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
ウクライナ軍の「反転攻勢」が続いている。着実に成果を出しているように、私には見える。ただこの「反転攻勢」について識者の間では「遅い」という意見も多く、中には「失敗している」という言説もあった。 様々な制約の中で行われている作戦なので、あまりに非現実的な評価基準をあてはめることは適切ではないことは当然として、全体的な流れとしてはウクライナ軍がロシア軍を押し込んでいるわけなので、少なくとも「失敗している」とは言えないだろう。それでは「遅い」のか否か。全ては評価基準の設定にかかる。どちらかが疲弊しすぎて戦争続行が不可能になる地点が判明している場合には、その時点までに目的を達成しなければならない。現在のところ、ウクライナとロシアの双方ともに戦争で疲弊はしているが、あと少しで崩壊するという状況ではない。数週間単位の時間を惜しみ、犠牲の増加を度外視して、戦果を焦る段階ではない。もっともいたずらに無駄な時間を費やすことを、避けられるのであれば避けるべきであるのも当然である。消耗戦の継続は、相対的には、総合的国力を考えれば、ウクライナに不利である。
そもそもウクライナの善戦の背景には、欧米諸国による大々的な支援体制がある。したがってこの支援体制が疲弊してしぼんでいくかどうかが、反転攻勢が「遅い」かどうかの評価基準を規定する。ウクライナ軍に最大規模の軍事・民生支援をしているのは、アメリカ合衆国である。NATO及びアジアの同盟体制の盟主であるアメリカの支援体制の継続は、ウクライナを支援している欧州・東アジアの同盟国の士気にも大きく関わる。国際支援体制の基盤は、アメリカの支援継続意思である。日々の世論調査の結果で、アメリカの支援体制が左右されているかのように考える言説も見られる。だが政策決定者の発想は、そのようなものではない。重要なのは世論調査ではなく、選挙の結果である。アメリカでは2023年には選挙はなく、2024年秋に選挙がある。全ての政治日程は、2024年秋から逆算して、決められていく。今のところ、次回の選挙では、引き続きバイデン民主党政権側が、ドナルド・トランプ氏を中心とするウクライナ支援懐疑派と激突する構図になる見込みが強い。大統領選挙はもちろん、議会選挙を通じても、ウクライナ支援の妥当性が争われることになる。ウクライナ支援とは、要するに、大統領選挙の結果を左右する(もちろん唯一ではないが)大きな政治議題の一つなのである。
このことは、トランプ氏が大統領に就任し、トランプ派の共和党勢力が議会で議席を伸ばしたら、ウクライナ支援が止まるかもしれない、と言うことだけを意味するのではない。現在の、あるいは過去のアメリカからウクライナへの武器支援を通じて、バイデン政権関係者が、暗に、あるいは明示的に、支援者の希望として、政治日程を意識してほしい、とウクライナ側に伝えている(言わなくてもわかる)はずだ、ということを意味するのである。政治日程の要請から言えば、巨額の支援を受けているウクライナに課せられている命題は、2024年秋までに決定的な戦果をあげること、である。2025年にロシア占領地を解放する作戦は、立案できない。24年秋までに遂行される作戦でなければならない。バイデン政権関係者であれば、できれば大統領指名が確定する24年夏までには決定的な戦果が確定してアメリカ国民に強い印象づけられている状況がほしいだろう。ということは、逆に言えば、23年の間に決定的な戦果がなくても、まだ焦る必要はない。23年の世論調査などは、いつでもすぐにひっくり返る。24年に戦果をあげるための準備を進めておくことが、より重要である。
その観点から言えば、冬になる前に一定の前進を果たしておく必要はある。そうでなければ24年前半に決定的な戦果を挙げることが著しく困難になるからだ。そのため準備の度合いにかかわらず、「反転攻勢」は、23年夏よりは前に、開始されなければならなかった。私自身は、この政治日程の感覚を基準にして、ウクライナ軍の「反転攻勢」のニュースを見ている。今のところ感じているのは、ウクライナ軍の動きが、はっきりと上述の政治日程を意識したものになっている、ということだ。 2023年中の全てのロシア占領地域の解放はないだろう。そもそもウクライナ軍は、それを計画しているように見えない。しかし24年前半のうちにそれを達成することが、目標だ。現在のところ、そのための布石は着々と打たれている。
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