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2023-09-26 00:00
幻想を超えたインドとのパートナーシップは不可能なのか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
インドとカナダの関係が悪化している。発端はカナダ西部のシーク教寺院駐車場で6月18日に発生した銃撃事件だ。殺害されたハルディープ・シン・ニジャル氏は、シーク教徒の独立運動に関わる過激派組織の幹部とされる。インド政府は、ニジャル氏を「テロリスト」として指定している。この事件について、カナダのトルドー首相が、インドの諜報員が関与した可能性があるという疑惑を積極的に追求している、と述べたことに、インド政府が激高した。カナダ政府は証拠がないまま公然とインド政府の責任を述べたとして、カナダ人へのビザの発給業務の停止を発表した。私自身は、事態の推移を非常に残念な気持ちで見ている。インドとカナダの関係悪化も残念なのだが、実はもっと残念なのは、日本も含めて欧米の「リベラル」派メディアや有識者たちが、一斉に「インドは異質(だから関係見直そう)論」を唱え始めて、ことさらに事態を深刻なものとして脚色して盛り上げようとしていることだ。
カナダのトルドー首相も、国内世論対策の事情があって、やむなくやっていることだろう。日本や欧米諸国の外交当局も、事態の鎮静化に向けた努力に奔走しているところだと思われる。無責任なメディアの「インドは価値観を共有するパートナーではない」の論調は、自国の外交基盤を弱体化させるだけの結果に終わるだろう。残念である。第一に、事実関係がはっきりしない。偏見を持った状況の推察でインド政府の犯行を断定するのは、あまりに危険だ。オサマ・ビン・ラディンをはじめとするアルカイダ系・イスラム国系の「テロリスト」を暗殺するのは、無人機を用いて数限りない無数の他国領土内の標的殺害を繰り返してきたアメリカ政府以外にはない、と推察できるかもしれないが、インドの状況は異なる。即断はできない。第二に、インドは、21世紀の超大国である。カナダとは、現在の国力や近未来の潜在力が違いすぎる。インド批判を好んで行いたい国はない。万が一にも、どこかの国がインドの国力を過小評価するような言動を見せたら、インドに反発されるのは当然である。拙速なインド批判の論調は、直近のロシア・ウクライナ戦争における国際世論対策でも、ウクライナを支援する欧米諸国に否定的な影響しかもたらさないだろう。第三に、インドが「価値観を共有するパートナー」だと考える、ということは、インド人がいずれ、「トルドー首相はモディ首相より格好いい」と信じるようになり、「カナダ人が批判するならインドが間違っているのだろう」と考え始める、などという幻想に浸ることを全く意味しない。そんなことは決して起こらない。だが、欧米諸国の「リベラル系」知識人は、そのことが、全くわかっていない。
インドと日本や欧米諸国が共有しているのは、アメリカの東海岸の大学の教授陣が熱心に講義している「リベラルな秩序」というよりも、「国連憲章の諸原則を基盤にした国際秩序」である。両者は重なるが、同じではない。インドは後者に明確にコミットしているが、前者へのコミットの度合いは欧米諸国や日本ほどではない。だがそんなことは言う必要もない自明の事柄である。欧米諸国とインドが違うということは、インドがロシアや中国が同じだということを、全く意味しない。だが短絡的な欧米中心主義的な二元的世界観は、インドのような異質な超大国の存在を許さない。残念である。豊かなインド文明への尊敬を忘れ、インドが世界最大の70年以上の歴史を誇る民主主義国である(ただしリベラルではない)ことを忘れる者は、いずれ痛い目にあうだろう。
日本にとって、そして欧米諸国にとって、インドは、異質な国であるまま、基本的な価値観を共有する偉大なパートナーになりうる。それなのに「欧米と違うなら、ロシアや中国と同じだろう」と言ってインドを突き放すのは、自殺行為だと言っても過言ではない。安倍首相が、「自由で開かれたインド太平洋」構想をインドで披露し、米国(とそのジュニア同盟国)がインドと連携する「クアッド」を確立したとき、インドが欧米のような国になるとか、将来インドをG7に入れるべきだとか、インドと軍事同盟を結ぶべきだとかは、言っていなかった。インドは、欧米諸国とは異質だが、「(国連憲章の諸原則の)価値観を共有する」偉大なパートナーになりうる。そう考えていたはずだ。今や日本でも、「自由で開かれたインド太平洋」を忘れ、「(弱くて貧しい)グローバル・サウスを手なずける先進国」でありたい、という幻想にしがみつく者ばかりになってきた。非常に残念である。
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