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2023-11-28 00:00
中国の野望、人民元国際化は可能か
鈴木 美勝
日本国際フォーラム上席研究員
人民元の国際化を目指す中国が通貨の世界を特定地域で支配する可能性がある―先週末、福岡市博多区で開かれた日本国際政治学会2023年度研究大会で、ショッキングな報告が行われた。「決済制度の政治経済学―デジタル通貨の意義の現状と展望」部会で発表したのは、先駆的な経済安全保障研究で知られる長谷川将規・湘南工科大学教授。国際政治学会で、このテーマが正面切って取り上げられたのは初めてだろう。
「支配的な通貨」を目指す
戦後世界を支配してきた基軸通貨は米ドル。それが超大国のステータス・シンボルになっているばかりか、そのパワーは米国債やドル預金を通じて国内に還流させる貿易赤字補填(ほてん)のファイナンス、通貨の遮断・凍結を可能にする金融制裁という国家安全保障のツールにまで及ぶ。北京はこれまで、「中国の夢」に向けて人民元を「支配的な通貨」にするために四苦八苦してきた。二国間通貨スワップ協定、外国人投資家への限定的投資の認可や米ドルを介さぬ他通貨との直接取引、オフショア市場での人民元拡大を目指す一帯一路構想等々。だが、簡単に実現はできない。例えば、暗号資産(仮想通貨)の中で最初に注目されたビットコインは、国家や中央銀行が発行した法定通貨ではなく、「無政府的な通貨」。国際送金の容易さや迅速性・即時性が特徴で、その市場は急速に拡大したが、主権国家による規制が非常に緩く、致命的なひずみが顕在化した。投機性が高く、テロ資金など犯罪目的のマネーロンダリングも容易になるなど負の影響は大きく、それが実証されたためだ。かくして中国は暗号資産交換所の操業停止命令や自国の資本規制を強化するなど、厳しいビットコイン対策に踏み切った。こうした中で「資本規制を維持している限り、人民元の国際化は出来ない」という見方が広がったのだが、長谷川教授によれば、事はそれほど単純ではない。
通貨のデジタル化が後押し
曰く「通貨のデジタル化やフィンテックの進展によって、資本規制を維持したままでも人民元の国際化は大きく進む可能性が出てきた、少なくとも中国の動きから目を離せなくなった」。例えば、プログラム化されたデジタル人民元(e-CNY)の1号(中東限定)、2号(欧州限定)、3号(アジア限定)といった具合に地域ごとに、ブロックチェーンを組み込んだ独自の金融インフラ決済システムが普及すれば、SWIFT(国際銀行間通信協会)を迂回でき、米ドル支配の領域を侵食できる。米国の金融力は劣化する。人民元のデジタル化を進められた分、中国はパノプティコン(全展望監視システム)効果とチョークポイント効果を掌握できる。仮に人民元が普及せずとも、「一帯一路」を絡めて金融インフラを支配できれば、中国は圧倒的な米ドル支配を崩せる。全データを中国が握れるためだ。
デジタル人民元の罠
今後のカギは、貨幣とは何かを考えることから始まる。貨幣とは、価値の尺度であり、価値の貯蔵手段、交換・流通手段の機能。その大前提は、価値を尺度化した貨幣について人々が認識を共有し、それを受け入れるか否かだ。エルサルバドルや中央アフリカはビットコインを法定通貨に採用したが、国民通貨としての信認は低い。実物経済は逆に不安定化した。政情不安が続き、リアルに裏付ける資産がないためだ。今や金融最前線はリアルとバーチャルの境界線でせめぎ合う世界だ。中国のデジタル人民元に伴う金融インフラが普及すれば、データはすべて中国が管理する。その時、貨幣の信認を裏付ける主体は中国になるのだろう。ブロックチェーンによって、受け入れた領域からは何も見えずとも、北京の側からはすべてが見える構造だ。中国が一帯一路と絡めて国際化を目指すデジタル人民元が仕掛ける「罠(わな)」はこんな所にあるのではないか。(時事通信社コメントライナー/2023/11/14配信より)
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