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2024-04-23 00:00
「海外選挙区制度導入の提案」
山内 周司
米国在住実業家
はじめに
海外在留国民の権利義務および自国との政治的関係性の確保は、その数の増加に伴い多くの国にとって重要性を増している社会課題である。国際移住機関(International Organization for Migration)が提供するIOM world mirgration report)によると、全体として、国際間における移民の推定数は過去50年間で増加している事が報告されている。2020年に自国以外の国に住んでいる人口は合計2億8,100万人と推定され、1990年よりも1億2,800万人増加し、1970年の推定数の3倍以上となっている[1]。
日本においても、世界各地で長期滞在もしくは居住する邦人数は、1989年の約59万人から2018年には約140万人以上と2倍以上に増加している[2]。彼ら海外在留国民の政治的権利の行使を担保し、その意見を国政に反映させられるか、あるいは海外に暮らす国民が本国との社会経済的や精神的つながりを維持できるかは、人的流動性が増した現代国際社会が民主主義国家に突き付けている現実的な課題の一つであると言える。
この点、欧州や中南米、アフリカの一部の国々では、海外に選挙区(ブロック)を認め、海外選挙区代表議員制度を導入している国がある。海外選挙区代表議員制度とは、海外に選挙区を認め、海外に在住する国民が自らの代表を直接選出する権利を持つ制度である。
佐藤氏(2006)の調査によれば、古くは昭和50年に外務省で議題にあがったとされている。しかし、当時は選挙事務量の厖大化などの否定的な見解が示されている[3]。しかし、今日においては、インターネットの普及や情報テクノロジー技術の進化、そして、グローバル化の社会経済的な繋がりと移民の活発な傾向など、当時とは比べものにならない変化を遂げている。現代社会において、この制度の導入により、海外に在住する国民の政治参加を促進し、彼らの意見や関心事をより直接的に政治に反映させることが可能となり、本国との社会経済的な発展と文化的、精神的な繋がりを保つことが期待できるだろう。この制度は、すでに欧州、南米、アフリカのいくつかの国々で導入されている先行国に基づくものであり、日本に限らず、世界各国が直面する海外在留国民の政治参加という課題に対する具体的な対応策として位置付けられる[4]。
そこで、本稿では、海外に選挙区を設置することで、在外日本人の政治参加の機会を拡大し、彼らの政治的意識の喚起を図るとともに、その意見や経験を政治に反映させるという観点から、海外選挙区代表議員制度の概要を紹介するとともに、これを日本に導入する意義について私見を述べる 。
海外選挙区代表議員制度とは
海外選挙区制度に関しては本国内に設定された選挙区の候補者に海外から投票する在外投票権の制度がある。在外投票権制度は、日本でも1998年の公職選挙法の改正によって既に導入されている。一方、本稿で焦点を当てるのは、海外在留国民が海外選挙区から代表議員を選出する制度であり、これらは実際には異なる制度である。
前述したように、現在、欧州ではポルトガル、フランス、イタリア、クロアチア、ルーマニアなどが海外選挙区代表制度を導入しており、中南米地域ではエクアドルやペルー、アフリカ地域ではカーボベルデやチュニジアなど、これを採用している国は16ヵ国にのぼるとReguero(2024)は言及している [5]。さらに、過去に廃止されたり、立案されたが実施されなかった国々を含めると、より多くの国が注目していたことが窺える。
この制度の実施により、海外在住国民の代表が本国議会で発言権を持つことが可能となっている。フランスを例として挙げると、取り組み自体の歴史は浅いが、2008年の憲法改正により、フランス国外に住むフランス人住民が国民議会に代表を選出するシステムが導入されている。2022年に行われた総選挙では、国外に住むフランス人住民によって11人の海外選挙区議員が選出されている[6]。この選挙でフランスの海外選挙区議員であるフレデリック・プティは、中央ヨーロッパおよび東欧の16ヵ国を含む第7選挙区の在外国会議員として2度目の再選を果たしている[7]。
また、イタリアで2022年に行われた選挙において元老院(上院)では、4議席が在外イタリア人に享受され、それらの地域に居住する在外イタリア人の代表議員となっている[8]。Arcioni,E.(2006)は「イタリア国外からのガバナンスの概念は、4つの海外地域の在外国会議員が他の国内議員、議会全体、及びメディアとの議論に加わることができ、イタリアにおける政治的議論の一旦を担うこととなっている」と述べている[9]。つまり、海外選挙区代表議員の個性的な経験がイタリアの特定の分野における政治的議論に新しい視点をもたらすことが示唆されている。
さらに、Ellis,A.etal.,(2007)は 「欧州のクロアチア、フランス、イタリア、ポルトガル と、アフリカのアルジェリア、アンゴラ、カーボベルデ、モザンビークのそれぞれ4ヵさらに、コロンビア、エクアドル、パナマの南アメリカ大陸3ヶ国など計 11ヵ国はいくつかの選挙プロセスに積極的に参加するだけでなく、国政に在住者の代表者を議会に選出できるようにしている」 と11ヵ国の海外選挙区代表議員制度導入国について言及している[10]。
G7メンバー国で本制度導入先行国であるフランスやイタリアにおいては、継続して海外への移住人口の増加が確認されている。フランスの場合、他国への移民は労働年齢層が多く、平均してフランスに残る国民よりも教育水準が高く、過去 15年間にフランスを離れて他国に居住するフランス人の数は増加傾向にある[11]。イタリアの国立統計研究所 (The Italian National Institute of Statistics )によると、2018年の国外への移住者は15万7千人となり、前年比より1.2%の増加しており、過去10年間において総計81万6千人が海外へ住居を移したと報告されている[12]。同時にアフリカのチェニジアや南米のエクアドルなどでも政治や経済的な状況から他国への移住者を送り出すケースがみられるが、フランスやイタリアなどは、他国へ送出国としてだけではなく、受け入れ国として機能しているケースもある。
海外在留邦人数の増加と現状
日本の現状を鑑みた場合、世界各地で長期滞在もしくは居住する邦人数も増加傾向にある。総務省によると、日本の総人口は2010年の1億2,709万人から2050年には1億人を割り込み、9,708万人にまで減少する見込みである。これは、高齢化社会において労働生産性を喪失し、社会構造、経済活動、技術、文化などの社会構造変化をもたらすものである [13]。しかし、海外へ目を移してみると、1989年から2018年までの約30年の間では、約70万人から140万人へと海外移住者数が倍増し、在留邦人数は対極の様相をなしている[14]。特に、日本人の移住先として大幅な増加傾向がみられる米国とオーストラリアへの人口移動は際立っている。
メルボルン大学の大石奈々准教授(2021) がオーストラリアにおいて行ったアンケート調査によると、この原因として、日本の財政破綻や少子高齢化の進展による年金制度の持続困難の予測等を含む「経済リスク」が最も大きく海外移住志向に影響していた。また経済リスクほどではないものの、「ライフスタイル」の影響はまだ依然として根強かった[15]。
さらに、同調査では、政治意識の高い人や政府やメディアに不信感を持つ人が海外移住を考える割合が高かったことについて、以下のように報告されている。2011~2013年の海外在留邦人の増加率が2008~2010年の3倍になり、日本からの人材流出には、教育レベルの高い人々のリスクへの感応性の増大、リスク回避志向性、政治的意識などの特徴が関与している。2017年には在留邦人総数が過去最多の135万1970人に増加し、永住者の数も増加した。2011~2017年に海外に流出した日本人の数は、人口純減数の12.5%に相当し、日本の人口減少には海外移住も一因となっている可能性がある。この傾向は将来の日本の人口減少に与える影響について述べられている[16]。
本制度導入による期待される効果
この制度の導入には、いくつかのメリットが考えられる。まず第一に、海外に在住する国民の政治参加の機会が拡大する可能性である。日本において、1998年の公職選挙法の改正による海外から本国の国政選挙への投票が認められてから既に25年以上が経過しているが、海外からの投票が有効的に反映されるかについては、依然として懐疑的な見方がある。総務省の発表によれば、令和3年の衆議院選挙における在外投票率は20.21%と低水準であり、投票者数は96,664人に過ぎなかった。これは、海外に在住する有権者数が仮に100万人以上いると想定した場合、その10%に満たない割合であり、全有権者数のわずか2%強という事になる[17]。
これらの低い投票率には、投票者の意識と共に煩雑な投票の仕組みなど複数の要因が絡み合っている事が指摘されている。例えば、海外在住者が投票するためには、在外選挙人名簿への登録を行い選挙人証の取得が必要であり、手続きや労力が要求されることが一因としてあげられる。先行研究では、これら在外投票に関する手続きや制度上の問題点が既に飯島氏(2022)により報告されている[18]。
近年では日本人の海外移住や長期滞在者が増加しており、これが本国における人口減少や高度人材の流出を加速させ、本国の人材の空洞化を促進している可能性がある。しかし、本制度を導入することで、投票の障壁が低減し、より多くの人々が政治に参加することが期待される。佐藤氏(2006) によると、 これには煩雑な手続きの簡素化の効果が予測され、選挙区独自の選挙運動が可能になる事に加え、小選挙区での補選が実施される場合の事務の軽減化の役割を担う事から投票率の向上が見込まると言及されている[19]。
次に、海外在住者の意見やニーズが国政により効果的に反映される点である。海外選挙区代表議員は、海外に住む国民の関心事や特性をよく理解し、それらを国政に持ち込むことができる。これにより、国政の意思決定がより多様な視点から行われ、国民の多様なニーズに応えるられる可能性が拡大される。さらに、海外選挙区代表議員は、海外とのつながりを活かして、外交や国際協力の促進にも寄与することが期待される。
筆者自らの調査で、導入先行国であるクロアチアやルーマニアのように、海外における選挙区での投票率が国内の投票率を上回っている国の存在もあきらかになっている。これは海外在住者の政治的意識の表れであろう[20]しかしながら、選挙区の設定方法や選挙手続きの整備などを含め、 海外在住者を含む国民、議会、各省庁の理解と実現への意欲など実施にあたっての具体的な課題も考慮する必要がある。これらの課題を克服し、海外における選挙区の設置と代表議員選出制度を効果的に機能させるためには、多大な労力を制度設計と適切な法整備に費やす事も予想される。
まとめ
以上のように、日本においても海外移住者数が増加しているが、在外投票権は必ずしも十分機能していない状況が見られる。これらを考慮すると、海外在住者の政治的権利と義務を拡大し、また自国との関係性を確保しその知見を国内政策に活かすためには、本制度を検討する必要性が増している。本制度の導入には解決を要する様々な課題が存在するが、現代においては、海外在住者の政治的権利の拡大や国内外の社会経済的なつながりの強化がより重要であろう。本制度の検討と実現に向けた議論が不可欠であると考えられる。
引用
[1]IOM. (2022). World Migration Report 2022. Geneva:IOM
[2]外務省.(2023) 海外在留邦人数調査統計
[3]榎泰邦「在外選挙」『外務省調査月報』Vol.ⅩⅥ,№3,1975.6-8,pp.3-7.
[4]Yamauchi, S., & Sekiyama, T. (2024). Comparing the Election Systems for Overseas Constituency Representatives in Multiple Countries. Social Sciences, 13(3), 177.
[5]de Reguero, S. U., & Navia, P. (2024). Why Do Non‐Resident Citizens Get Elected? Candidates' Electoral Success in Ecuadorian Extraterritorial Districts. Politics and Governance, 12.
[6]Ministero dell'Interno Direzione Centrale per i Servizi Elettorali. (2022). Eligendo. Retrieved November 14, 2023 from https://elezionistorico.interno.gov.it/index.php?tpel=S&dtel=25/09/2022&es0=S&tpa= E&lev0=0&levsut0=0&ms=S&tpe=A#top
[7]French Honorary Consulate. (n.d.). Frédéric Petit, new MEP for French citizens abroad. Retrieved August 11,2022 from https://consulhon-france.eu/en/
[8]Ministero dell'Interno Direzione Centrale per i Servizi Elettorali. (2022). Eligendo. Retrieved November
14, 2023 from https://elezionistorico.interno.gov.it/index.php? tpel=S&dtel=25/09/2022&es0=S&tpa=E&lev0=0&levsut0=0&ms=S&tpe=A#top
[9] Arcioni, E. (2006). Representation for the Italian diaspora. Democratic Audit of Australia. 37(6),1-10[10]Ellis, A., Navarro, C., Morales, I., Gratschew, M., & Braun, N. (2007). Voting from abroad. The international IDEA handbook.
[11]M.-. Barbara, J.-C. Dumont, & G. Spielvogel. (2021). French emigration throughout the globe. Retrieved from October 4, 2023 https://www.tresor.economie.gouv.fr/Articles/2021/01/14/french-emigration- throughout-the-globe-what-does-the-increase-reveal
[12]The Italian National Institute of Statistics. (2020). Registration and Deregistration of The Resident Population. Retrieved October 4, 2023 from https://www.istat.it/en/archivio/243285
[13]Coulmas, F. (2007). Population decline and ageing in Japan-the social consequences. Routledge.
[14] 外務省.(2023). 海外在留邦人数調査統計
[15]大石奈々,& 濱田伊織.(2021). 静かなる流出: ポスト 3.11における日本人高度人材の豪州への移住.社会科学研 究,72(2),93-116.
[16]大石奈々,& 濱田伊織.(2021). 静かなる流出: ポスト 3.11における日本人高度人材の豪州への移住.社会科学研 究,72(2),93-116.
[17]飯島滋明.(2022). 在外投票について. 名古屋学院大学論集 社会科学篇,58(3),25-39.
[18]飯島滋明.(2022). 在外投票について. 名古屋学院大学論集 社会科学篇,58(3),25-39.
[19]佐藤令.(2006). 在外選挙制度. 調査と情報= Issue brief, (514), 1-11.
[20]Constituency-Level Elections Archive (CLEA). 2022.Center for Political Studies University of Michigan. CLEA Lower Chamber Elections Archive. Available online: https://electiondataarchive.org/data-and- documentation/clea-lower-chamber-elections-archive/
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