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2024-08-21 00:00
(連載2)キャメロン英外相はウクライナ防衛のためアメリカを動かすという、チャーチルの役割をどこまで果たせたか?
河村 洋
外交評論家
アメリカの孤立主義を転覆してチャーチル的な外交に乗り出すには、イギリスはロシアに対抗すべくヨーロッパ側独自の政治的および軍事的なレジリエンスを強化する必要がある。現在、ウクライナはフランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリスと二国間安全保障合意に調印済みである。こうした取り決め各々を効果的に整合させるために、イギリスはEU非加盟の立場でウクライナ支援に向けたヨーロッパの枠組みでどれほどの主導権を発揮できるだろうか?NATOがウクライナへの兵器調達円滑化のために設立したウクライナ防衛コンタクト・グループでは、イギリスはドローン供給で主導的役割を果たした。また英国王立国際問題研究所のサミール・プリ氏は「EUが提唱するEU・ウクライナ防衛産業フォーラムやヨーロッパ防衛産業戦略(EDIS)などの軍事用品調達の取り組みをイギリスが支持し、ヨーロッパの防衛準備態勢の向上とウクライナの防衛産業への支援をすべきだ」と訴えている。イギリスが支持したウクライナ戦争でのロシアの凍結資産の活用という案は、今年のG7イタリアで承認された。現在、イギリスは「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」を為すうえでの能力ギャップ問題に取り組む必要に迫られている。この国は自国本土と世界各地での国益を守るために、限られた予算や資材の中で自軍の兵器や装備を強化する必要に迫られている。現時点で重大な脅威と言えば、短期的にはロシア、長期的には中国となる。国防費の増額とともに、王立国際問題研究所『インターナショナル・アフェアーズ』誌のアンドリュー・ドーマン編集長は、「イギリスの軍事力最強化計画に当たって国防支出のフォーカスをしっかり定めておくべきだ」と論評している。例えば対露抑止であれば「現行の核兵器の漸次削減政策を覆して独自の核の傘を強化するか、統合遠征軍(JEF)による北極、スカンジナビア、バルト海地域での緊急即応配備を強化するかの選択が迫られる」ということだ。
トランプ氏説得という骨の折れる会談を経て、キャメロン氏はブリンケン氏との正規外相会談でウクライナへの支援拡大を話し合った。記者会見の場ではマール・ア・ラーゴ会談についての質問もあり、キャメロン氏は「会談自体は選挙を控えての通常通りの野党指導者との外交会談である」と答えた)。しかしウクライナへの追加援助を拒絶するトランプ氏は明らかに、依然として大西洋同盟の足を引っ張る存在である。外交における党派を超えた一貫性など気にも留めない。驚くべきことに、トランプ氏は就任直後に戦争を終結させると宣った。これはロシアでさえまともに受け取らなかった。マール・ア・ラーゴ会談は通常通りとはほど遠いものであったろう。
この会談がかなり荒れた対話であったことを示唆するかのように、トランプ氏の取り巻き達はキャメロン氏のチャーチル的外交努力に激しく反駁した。トランプ氏がロシアにNATO諸国への侵攻をせよと発言してからというもの、キャメロン氏は大西洋同盟に関する彼の見方には批判的であった。そうした見解の不一致をたった一度の秘密会談で埋めることは容易ではない。予期された通り、トランプ氏の外交政策顧問であるエルブリッジ・コルビー元国防副次官補はウクライナ援助法案の通過を目指したキャメロン氏のロビー活動を、アメリカ政治への介入だと非難した。さらにキャメロン氏がウクライナ支援を道徳的に語り、トランプ氏にそれを解説講義したとして怒りをぶちまけた。しかし歴史的にはウィルソン流道徳主義は党派を問わずアメリカ外交の中核であった。また道徳主義はレーガン・サッチャー保守同盟を強固にし、究極的には冷戦終結にもつながった。嘆かわしいことに、コルビー氏の発言は今のアメリカの保守主義がどれほど酷く劣化したかを示している。
コルビー氏はロシアを中国のジュニア・パートナーだと矮小化するものの、クレムリンが仕掛けるヨーロッパでの攻撃や中東およびアフリカへの勢力浸透に鑑みれば、それは必ずしも妥当ではない。昨年3月18日付けの『ワシントン・ポスト』紙への投稿では、コルビー氏はそんな矛盾など一向に意に介さずに中国への戦略的フォーカスを主張している。皮肉にも台湾はコルビー氏が提唱するアジアへの戦略的シフトを支持していない。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏に代表されるネバー・トランプの論客達がコルビー氏のような偏向したチャイナ・ホークを否定し、アメリカの外交を正常な方向に導こうとしている。ともかくコルビー氏は新任のデービッド・ラミー英外相については、トランプ氏への配慮のある態度をとっていると称賛した。しかし共和党のJ・D・バンス副大統領候補は「イギリスは核兵器を保有するイスラム主義国家だ」と罵倒して、トランプ氏と現労働党政権との間のそのような生温い友好関係も打ち壊してしまった。キャメロン氏がウクライナでのロビー活動に成功したとはいえ、MAGAリパブリカンによる負の影響力は来る大統領選挙の結果如何に関わらず依然として無視できない。トランプ氏支持者の例に漏れず、バンス氏もコルビー氏も悪意に満ちた語句と対決的な姿勢が特徴的である。トランプ2.0が登場するようなら、アメリカの同盟国にとっては大変な外交上の障害となりかねない。
第二次世界大戦時にはパールハーバー攻撃によってリンドバーグ流孤立主義者達は沈黙せざるを得なくなり、それによってフランクリン・ローズベルト大統領はウィンストン・チャーチル首相の求めに応じて全世界で自由のための戦いを行なえるようになった。しかし現在、MAGAリパブリカンはバイデン現政権下においてさえアメリカの外交政策の足を引っ張っている。そうした事情からNATOはトランプ影響排除(Trump proofing)を真剣に検討し、アメリカ大統領選挙での最悪のシナリオに備えている。最も重要な点はヨーロッパ側の防衛能力の強化である。NATO加盟国はGDP2%の支出目標の達成に向けて国防費の増額を図っているが、それさえもアメリカをヨーロッパにつなぎ止めるには充分でないかも知れない。実際にコルビー氏はスナク政権によるイギリスの国防費2.5%計画を無意味だと否定した。NATO加盟国のほとんどは2%目標に達していないが、冷戦期に3%の支出であった。真の問題は金額ではなく防衛支出の重点項目である。そうした対露抑止および接近拒否の能力への支出が効果的に使われ、ヨーロッパへのアメリカの出兵コストを低く抑えるべきである。ヨーロッパ、特に英仏独の間での共同兵器調達に向けて調整を薦めれば、こうした目的に役立つだろう。
現在、火急の問題はウクライナである。ブリュッセルで開催されたNATO75周年式典では、イェンス・ストルテンベルグ事務総長がウクライナでのNATOの役割をアメリカ政治から切り離すための提案を行なった。すなわちウクライナ防衛コンタクト・グループではアメリカからNATOにより大きな影響力を与え、5年間で総合1千億ドルという軍事援助の実施を円滑化するということだ。しかしバイデン政権は件の計画には関心を示さなかった。皮肉にもネバー・トランプの米現政権が、ヨーロッパ主導によるトランプ影響排除を積極的に支持していない。そうした事態にも関わらず、王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク元所長によると、今年はウクライナの戦争の行方を左右する年になるという。ロシアには2025年春以降まで大規模攻勢を仕掛けるだけの装備も訓練された兵員も揃わず、ウクライナも欧米の軍事援助なしに戦闘能力を再建して占領地域の奪還などはとても覚束ないからである。
国際社会はトランプ2.0に戦々恐々としているが、真の問題はトランプ氏自身を超えたものである。左右を問わず反主流派の外交政策識者の中には、いわゆる「抑制された」外交を主張してウィルソン流グローバリズムを否定しようという動きがある。彼らの中でも右翼ナショナリスト達はトランプ氏を利用して自分達の政策提言活動へのテコ入れを図っている。トランプ氏は高圧的な振る舞いで悪名を博しているが、オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相は本年5月の『フォーリン・アフェアーズ』誌への投稿で、世界各国指導者達に「彼の怒りを買わぬようにと媚び諂わぬように」と助言している。トランプ氏は手強い交渉相手を不快に感じるであろうが、後で気分が落ち付くと相手に敬意を抱くようになるということだ。キャメロン氏がウクライナ支援の緊急的必要性を率直に説いたことは、コルビー氏の悪意に満ちた反応を見ての通りである。日本の安倍晋三首相(当時)も予期せぬトランプ氏の当選からほどなくしてトランプ・タワーを訪問した際に、日米同盟の互恵性を説いた。他方で麻生太郎元首相の訪問は、野党候補に対する不要な叩頭に見えてしまう。安倍氏の回顧録には、トランプ氏は公式の二国間首脳会談の場ですら延々とゴルフの話をしていたと記されている。麻生氏はトランプ氏との会談を楽しむために、二人で何を話したのだろうか?
トランプ氏が有罪判決を受けようと、王立国際問題研究所のレスリー・ビンジャムリ米州プログラム長が述べる通り、西側民主主義諸国にはアメリカとの同盟以外に選択肢はない。さもなければロシアや中国をパートナーに選ぶのか?民主党のカマラ・ハリス候補はトランプ氏を押しのけんばかりの勢いだが、「抑制された」外交を主張するグループはハリス政権が誕生しても世界の中でのアメリカの指導力発揮の足を引っ張るだろう。そうしたグループにはアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)やマラソン・イニシアチブといった右翼系シンクタンクとともに、リバタリアンのチャールズ・コーク氏とリベラルのジョージ・ソロス氏が共同スポンサーとなっている超党派のクインシー研究所もある。
動かぬアメリカを動かすためには、現代の政治家達はイギリスのキャメロン外相であれ、日本の岸田首相であれ、他の誰であれ、第二次世界大戦の英雄チャーチルのカリスマなくしてチャーチル的外交の努力の必要性に迫られてくる。アメリカの同盟国はキャメロン氏がやったように、超党派の国際派と手を組んで頑迷な孤立主義者を説得する必要がある。また「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」なら直接の軍事行動であれ、敵の侵略に抵抗する国への軍事援助の供与であれ、積極的に関わる姿勢を見せるべきである。すなわち世界秩序のための法強制執行で、バードン・シェアリングの一翼を担うということだ。アメリカ側ではすでにハリス氏はミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領に選んだので、安全保障の閣僚には重量級の人物を当てる意志を示唆すれば、DEI(多様性・公平性・包括性)非難で失言を繰り返すトランプ・バンス陣営との差別化を図れて面白いとも思われる。(おわり)
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