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2024-10-08 00:00
(連載1)イスラエルは「狂人理論」を駆使できるのか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
イスラエルのイランに対する報復措置の実行が懸念されている。イスラエルにとっては、ガザ、西岸、レバノン、イエメン、イラク、シリアでの軍事作戦に重ねて、イランとの軍事的対立も激化させていこうというのだから、普通では考えられない状況にある。しかし始めてしまった軍事作戦を終了させる前に、そしてアメリカの大統領選挙あるいは新大統領の就任前に、できるだけ優位な状態を作り出してしまいたい、それによって自身の国内政治での立場の強化を図りたい、という動機づけが、ネタニヤフ首相に強く働いてしまっている。
遂にフランスのマクロン大統領までイスラエルへの武器供給を止めるべきだと発言した。それにネタニヤフ首相が激しく反発し、「恥を知れ」、となじる演説を行った。同時に、イスラエル軍が、レバノンにあるフランス企業トタル施設を爆撃した。ネタニヤフ首相の心理状態も、かなり切迫してきているようだ。かつてアメリカのリチャード・ニクソン大統領は、自分は非合理的で気まぐれだという印象を相手に意図的に与えて、相手方の不安をかきたてることを通じて、交渉を有利に進めようとしたとされる。この考え方は、「狂人理論(madman theory)」と呼ばれる。ニクソン政権では、キッシンジャー補佐官/国務長官が、ある種の司令塔として機能していた。ニクソンの「狂人」性を、キッシンジャーが交渉で上手く活用する、という仕組みであった。
ニクソンに続いて「狂人理論」の観点から関心を集めてきたのが、トランプ前大統領だ。非合理的で気まぐれに行動する印象を、「取引」交渉に活用するのを、好んでいる。トランプ前政権では、キッシンジャー氏に相当する人物は存在していなかった。ただワンマン企業の社長であったため、もともとトランプ氏は自らが直接的に交渉を指揮する仕組みを好んだ。大統領が「狂人」の役割と司令塔の役割の双方を担ったわけである。この「狂人理論」のトランプ氏の本領発揮とも言える発言が、イスラエルのイランへの報復攻撃の可能性をめぐって、飛び出した。バイデン政権が、イランの核施設への攻撃を控えるようにネタニヤフ首相に働きかけているという報道をめぐり、トランプ氏が、それは間違いだ、と発言したのである。トランプ氏は、イランの核開発の脅威を考えれば、むしろ真っ先に核施設を狙った攻撃を仕掛けるべきだ、と主張した。
この発言は、メディアで大きく取り上げられた。多くは、トランプ氏はイスラエルの大規模報復を望んでいる、という論調で、トランプ氏の発言を紹介した。果たしてそのメディアの理解が正しいかについては、留保が必要である。まず、トランプ氏が述べたのは、「核施設を攻撃しない」というメッセージを攻撃前にイランに送ることは間違いだ、ということだろう。常に過激な方法の選択肢を示しながら、交渉を進めるべきだ、という「狂人理論」的なトランプ氏のスタイルからすると、限定的な手の内を見せてから行動に入るのは、賢くない、ことになる。(つづく)
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