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2025-02-24 00:00
(連載1)ミュンヘン会談の教訓は本当にトランプ大統領を否定できるか
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
トランプ大統領によるロシア・ウクライナ戦争の停戦調停が本格化しようとしてきている中、「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々が、トランプ大統領は、1938年ミュンヘン会談の「宥和主義」の過ちを繰り返そうとしている、と主張している。この主張は、どこまで妥当だろうか。われわれは絶えず歴史から教訓を導き出し、そこから学びを得ようとする。時代は変わっても、人間の社会に一定の共通性のあるパターンが起こりうることは確かだからだ。
他方、人間の歴史に、全く同じ事柄など発生したことはない。歴史の教訓なるものは、常に歴史の解釈者側の関心によって生み出されるものでしかない。関心が過度に偏っている場合に、歴史的事実の軽視や歪曲も度外視されてくることもある。ある一つの歴史的事件から、全く異なる立場の人々が、全く異なる教訓を引き出してくることは、よくあることである。1938年ミュンヘン会談の「教訓」とは、領土拡張主義を追求する者に対しては、領土の割譲を通じた譲歩は、さらなる領土拡張を止める効果を持たない、というものだろう。この教訓は、極めて論理的な推論のことを示してもいるので、非常に説得力がある。 ただし実際の「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々の1938年ミュンヘン会談の解釈について言えば、いくつかの神話的な要素がある。
第一に、当時のイギリス首相チェンバレンが、ヒトラーの危険性に気づかず、ヒトラーに騙されて「宥和政策」をとってしまった、というのは、史実に完全には合致していない。チェンバレン内閣は、第二次世界大戦勃発に先立ち、ミュンヘン会談後から、大軍拡路線に舵を切った。ヒトラーの危険性に気づいたからである。ミュンヘン会談の結論は、1938年の段階でドイツと戦争をしても、準備のないイギリスは不利だ、という現実主義的な判断によるものであった。事実として、1939年にヒトラーがポーランドにまで侵攻するのを見て、宣戦布告をしたイギリスとフランスは、瞬く間に戦場でドイツに駆逐されてしまった。ドイツとの戦争は簡単なことではないというチェンバレンの考えは、間違っていなかった。ヒトラーを強く憎んで一切の交渉を断ってさえいれば、第二次世界大戦を防げた、と考えるのは、非現実的である。
そもそも「ウクライナは勝たなければならない」主義の方々であっても、「アメリカは参戦すべきだ、欧州諸国とともに日本も戦争に参加するべきだ」と主張しているわけではない。ロシアとの戦争が、少なくとも簡単なものではないことを、知っているからである。それにもかかわらず、「ウクライナは勝たなければならない」とだけ主張することは、どういうことだろうか。1938年のチェンバレンに「チェコスロバキアはドイツと戦争をして勝たなければならない」と主張させることに等しいだろう。チェンバレンが、そのような主張をしなかったのは、「宥和政策」をとりたかったからではなく、そのような主張の非現実性を自明視していたからである。(つづく)
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