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2008-03-31 00:00
チベット人民を「保護する責任」は?
角田勝彦
団体役員・元大使
2月17日のコソボ独立宣言は、民族自決問題という、暫くくすぶっていた紛争の火種をかきたてたようである。とくに3月中旬以降の中国チベット自治区(及び四川、甘粛、青海)の騒乱は、北京オリンピックを控え、世界的関心を集めている。本欄でも、大藏雄之助氏(2月25日付「コソヴォの独立を機に全被圧迫民族の自立を願う」)及び伊東道夫氏(3月20日付「中国はチベット武力鎮圧によるイメージ悪化を避けよ」)などの興味深い論評があった。
民族自決というのは、一方的に支持するのみでなく、多面的に議論すべき原則である。詳述は避けるが、そもそも国連憲章や植民地独立付与宣言は「民族」でなく「人民」の自決権を問題にしている。とめどがない紛争の拡大は避けたいからである。もっと重要なのは、国連の目的及び原則と調和しない「国の国民的統一及び領土保全の部分的又は全体的破壊」との関係である。破壊を避けるためには、独立を追求するより、EUのような地域統合により民族又は人民の対立を解消するのが理想的である。経済格差に伴う混乱から従来東方拡大には慎重だったEUは、コソボ独立を引き金にバルカン地域が不安定化するのを抑えるため、バルカン諸国の早期加盟促進に路線を転換するようである。
中国は、これと違い、国内では実力による鎮圧、国外では内政不干渉の主張の強硬路線で突っ走っている。ダライ・ラマ14世との対話も実質的に拒絶している。これに、世界、とくにEUは否定的反応を示している。3月29日EU外相理事会は、チベット抑圧停止や対話を求める声明を採択した。ポーランド、チェコ、エストニア、ドイツ、スロベニアなどの首脳がオリンピック開会式「欠席」を表明している。中国政府は「領土保全に直結する問題」として「妥協しない」との態度を固持しているが、もしも騒擾が再発でもしたら、北京オリンピックの良好な運営が危うくなろう。中国が重視する威信への大打撃になろう。
実は、基本に見え隠れするのは、チベット人民を「保護する責任」の問題である。これは2005年9月の国連首脳会合成果文書において認められた、一定の内政干渉を容認する考え方で、自国民保護の責任を果たせない国家については、国際社会が、その国家の保護を受けることができない人に対して、保護する責任を負うというものである。1949年中国建国に際し、共産党政権は「人民を苦しめる権力者から中国全土を解放する」と宣言し、51年にラサに軍を送った。1989年、天安門事件直前の3月に起きたチベット動乱を契機に、インドに逃れたダライ・ラマ14世の「チベット亡命政府」は、80年代前半までの20年余で百万人以上のチベット族が犠牲になり、多くの寺が破壊されたと主張している。89年の動乱を鎮圧したのは、現在中国の最高指導者である胡錦濤主席である。
高村外相は、3月19日の衆院外務委員会で、5月に予定される胡錦濤主席来日の際、福田首相との首脳会談などで、今回のチベットの騒乱が取り上げられると答弁した。国連安保理常任理事国化も目指す日本としては、主張すべき正論は主張しなければならない。中国は、今後どのように、国際社会が認めるやり方で、チベット人民を「保護する責任」を果たしていくつもりなのか、隣の良き友として胡錦濤主席に質すことが望ましいだろう。
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