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2011-04-06 07:42
頭の下がる東電「現場」の努力
杉浦 正章
政治評論家
「現場」が決死の覚悟で原発事故の対応に当たっている。そのときに、トップの顔が全く見えてこないのが、東京電力である。低濃度とはいえ1万トン以上の汚染水を海に放出するという原発史上例のない非常手段を選択しても、発表は社員まかせである。トップの記者会見は事故発生以来2度しか行われていない。司令塔がないまま、対策が混乱し、後手に回っている印象を受ける。はっきり言って、「東電トップは、だらしがない」としか言いようがない。社長・清水正孝は、事故発生直後の3月13日に記者会見して以降、国民の前に姿を見せていない。3月15日に首相・菅直人に怒鳴り込まれたあと、なぜか16日から約1週間“体調不良”で職務を離れていたことがあとになって分かった。21日に謝罪のための面会要請を福島県知事・佐藤雄平に申し入れたが、佐藤は「県民の不安や怒りが極限に達している。おわびを受ける状況ではない」として拒絶。そうこうするうちに29日夜には「めまいがする」として、緊急入院してしまい、国民の前から姿を消した。一方社長に代わって陣頭指揮を執るはずの会長・勝俣恒久も、30日に記者会見して以来、重要事項の発表に現れていない。
汚染水放出のケースでは、社員が泣きながらを発表したが、感情的になる場面ではない。当然トップが記者会見して、内容や影響を丁寧に説明すべき場面であった。重要判断も欠落しているように見える。福島第一原発に近い市町村に対し、先月31日から見舞い金の支払いを始めたのはいいが、一つの自治体当たりたったの2000万円。浪江町は「住民一人あたり千円そこそこ。馬鹿にするな」と受け取りを拒否した。慌てて一時金の仮払いをすることになり、1世帯あたり100万円で調整に入った。明らかにトップの判断ミスであろう。しかし、トップの体たらくとは逆に、「現場」の決死の努力には頭が下がる。「500ミリや1000ミリの人がいる」と、現場作業員が電話で悲痛な告白をしている、のをテレビで見た。上限は250ミリシーベルトだから、大幅に上限を上回る被ばく量である。その作業員らは劣悪な環境の中、まともな食事も取らずに、昼夜を問わず戦い続けている。「免震重要棟」という緊急時に使う建物の廊下やトイレの前で、毛布にくるまって雑魚寝だそうだ。責任感は強く、東電協力企業が原発内での作業を求めたら、全員がこれに応じたという。筆者は、その日の作業を「一本締め」で終えるという話を聞いて、感動した。一本締めでもしなければ、心がくじけてしまうに違いない。環境は改善されつつはあるのだろうが、「現場」あっての事故対策であることを肝に銘ずるべきだ。
マスコミが東電首脳のていたらくを批判するのはもっともだが、現場作業員まで批判してはなるまい。罰が当たる。テレビのコメンテーターが、電線用トンネルのピットから海への漏水を発見したとの報に、「なぜもっと早く見つけない」と切り捨てたのには、腹が立った。樹脂を使って止水しようとする「現場」を、「後手後手だ」と批判する。自分は危険の外にいて、よく言えるものである。その「後手後手」が、“水ガラス”の注入によって、見事にピットからの流出を食い止めたではないか。素人が知ったかぶりの論評を繰り返す。これが不安感と風評に輪を掛けている。この「現場」の必死の努力で、一部マスコミの論調の根底にある「原発爆発終末論」は、ことごとく否定されつつある。現状を分析すれば、核爆発につながる再臨界は発生しようがない。炉心溶融によるメルトダウンと炉心の大破壊は、冷やし続ける限りない。格納容器の水素爆発の可能性は「ない」とは言えぬが、冷却とともに現在窒素を入れて酸素を除去しており、ツボは押さえつつある。けさのNHKの見方は、大げさすぎる。可能性はきわめて薄い。一方で、海洋を除けば、放射線量も減少の一途をたどっている。原発正門前は5日の時点で54.5マイクロシーベルトで、胸部エックス線撮影1回分まで下がった。福島市内は2.32マイクロシーベルトでピーク時の10分の1だ。生活に全く支障はない。
要するに「止める・冷やす・封じ込める」のうち、「冷やす」が曲がりなりにも成果を上げ続けているのである。海水への汚染水流出は確かに問題だが、「原子炉への注水と、どちらが大事か」と言えば、注水であることは言うまでもない。漁業への影響は胸が痛むが、当面は小の虫を殺して、大の虫を助けざるを得ない。やっかいなタービン建屋の汚染水除去は時間がかかるが、「現場」の努力があるかぎり必ず解決するだろう。マスコミはマグニチュード9.0の地震を「想定外」とすることにも批判が多いが、それでは科学的に「想定内」とした者がいるのか。恐らく霊感商法のたぐいが「予言」したに過ぎない。この戦いの本質は、自然によって近代文明が虚を衝かれたのであり、人知の限りを尽くして克服しなければならないのだ。かっての名官房副長官・石原信雄は「政府は常に最高レベルの安全対策を練る。しかし人知を越える事態を想定していたら、政策は立てられない」と述べているが、まさにその通りだ。マスコミは、得意然と後講釈ばかりしていないで、「現場」の労苦に思いをはせよ。
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