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2012-09-20 06:57
野田、「原発」推進・反対両派の支持を喪失:閣議決定回避
杉浦 正章
政治評論家
ぺらぺらとかんなくずが燃えるようによくしゃべる。首相・野田佳彦の「原発ゼロ」閣議決定撤回の言い訳を聞いて、そう思った。レームダック化した野田には、もう何を言っても発信力がないのだ。あの「最低でも県外」を撤回した首相・鳩山由紀夫とそっくりになってきた。エネルギー政策という国の命運を分ける重要問題を、選挙対策に活用しようとして、失敗したのだ。これで国論を2分した「原発ゼロ」問題は、なりふり構わず「ゼロ推進」にまい進する朝日新聞が落胆した分だけ、国家にとってプラスの要素になった。参考文書扱いでは、そのうちに「ゼロ」は忘却の彼方へと消える。哀れをとどめたのは、国家戦略相・古河元久だ。方向音痴にも「ゼロ」に向かって突撃、最後にはしごを外された。閣議決定を「当然のこと」と公言していただけに、みっともなさも度を超えた。「過去にも閣議決定しなかった問題はある」だけが精一杯の言い訳だが、言い訳になっていない。閣議決定するかどうかで重要度が決まる問題で、しなかったと言うことは致命的である。
何が背景にあったかというと、想定外の経団連会長・米倉弘昌の国家戦略会議議員辞任の動きだ。もちろん福井、青森両県の反発や、米国からの強い圧力もあったが、直接的には「ゼロ」で怒り心頭に発した米倉が、辞任をほのめかしたことにある。米倉辞任となれば、新聞テレビはトップ扱いだ。代表選挙を前に野田は何をやっているのかということになる。このため急きょ方針を転換して、野田周辺が米倉をなだめに回ったのだ。米倉が記者会見で「いちおうは原発ゼロ方針を回避できたのかなと思う」と発言したのは、マスコミの報道だけによるものではない。官邸筋の“慰撫工作”があったのだ。政治に邪(よこしま)な思惑が入ると、まず最終的には失敗するものだが、野田の選挙対策の思惑は完全に外れた。国論を二分する原発問題で、当初野田は福井原発の再稼働を実施して、原発推進論の国民の支持を取り付けた。ところが、あの邪の頂点を行く前首相・菅直人と接近した頃から方向が変わった。こともあろうに、菅の忠告を取り入れて、デモ隊代表と会談したり、原発ゼロの課題の検討を指示したりし始めたのだ。
なぜ野田が菅に接近し始めたかというと、菅一派の離党を食い止めて、衆院の過半数を維持することと、代表選の票が目当てだった。国家のエネルギー対策という問題を、卑近な自らの政治的な目的達成のために使おうとしたのだ。しかし「米倉辞任」がこれを食い止めた。「原発ゼロ」の閣議決定が見送られて、野田はゼロ派の国民の支持まで喪失する結果を招いてしまった。「原発」の推進派と反対派双方の支持を失うという、あぶはち取らずの結果を招いたことになる。まさに貧すれば鈍するを地で行ってしまったのだ。はしごを外されたのは、原発ゼロにまい進してきた朝日も同じだ。9月20日付の社説で「まことに情けない」とおいおい泣いている。戦後の政治史は60年安保反対以来「朝日のキャンペーン」の逆を行くことが「国の繁栄」の源であった。御同慶の至りである。野田は、21日の代表選挙で再選が確実となったが、選挙期間中の野田と他の候補との対立は、まるで水と油のような傾向を見せた。とりわけ原口一博は「今回の代表選は、政界再編のステップ。むりむり民主党をまとめるためではなく、変わってしまった民主党にサヨナラを告げる覚悟を決めている」と述べ、代表選の結果次第では離党を検討する考えを示した。
選挙に出て負けたから離党するというのは、あきれ果てた暴挙だが、民主党はしょせんその程度の政治家集団であったのだ。衆院で13人が離党すれば、民主党は過半数を割る。退場必至の政権政党の代表選挙などは全く面白くもないが、面白いのは、この一点に尽きる。さらなる分裂となるかどうかが焦点だ。過半数を割れば、臨時国会冒頭で不信任案が成立する。野田は否応なしに解散に追い込まれるからだ。野田は19日も「近いうち解散」の約束について「言ったことは事実で、言葉は重たい」としながらも、「野党として行政府に対する異議申し立ての一番の手段は、内閣不信任案と問責だ。その武装解除をするという話があった中での会話だ」と強調した。まるで「近いうち」を見直すかのような発言だ。しかし、3党合意の実態を曲げては、いけない。不信任や問責を出さない代わりに、野田が「近いうち」を約束したという構図には全くなっていなかった。野田が「消費税を成立させるためには、解散でも何でもするから、お願い」と言うのが、3党合意の構図だ。今になって「問責が出たから、解散の約束は反故」というのは、全く理屈が通らないし、首相たるべきものが、こじつけの方便を使ってはいけない。いずれにしても、臨時国会で解散に追い込まれる運命に変わりはないだろう。やはり論語の「巧言令色鮮(すくな)し仁」の教えは、人間の特性を看破したものであるとつくづく思う。
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