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2012-10-14 12:03
米国の影の覆い難いノルウェーのノーベル賞委員会
山田 禎介
国際問題ジャーナリスト
その経過は省略するが、ノーベル各賞のうち平和賞のみがスウェーデンでなく、ノルウェーに委ねられている。そのノルウェーのノーベル賞委員会が、2012年度の平和賞を欧州連合(EU)に授与すると発表した。ノルウェーの元首相でもあるノーベル賞委員会のトールビョルン・ヤーグラン委員長は、「EUはその前身の時代から60年以上、欧州の平和と和解、民主主義と人権の促進に貢献した」と評価。さらに旧ユーゴのクロアチアが来年、EUに加盟、モンテネグロも加盟交渉を開始するなど、EUの存在が欧州の和解促進に寄与しているとした。欧州47カ国による「欧州評議会」の事務総長も務めるヤーグラン委員長自身がEUには近く、またノルウェーの委員会がEUを評価するのは結構だが、でもノルウェーはEU加盟是非の国民投票で、拒否を貫いてきた懐疑的なお国柄。隣国フィンランド、スウェーデンですらEU加盟の現実があるのに、なぜノルウェーだけが背くのか。そこには産油国経済だけで説明できない、東西冷戦の最前線の歴史、地政学があるからだと思う。つまり、依然続く米国の影の大きさだ。果たしてノルウェー・ノーベル賞委員会の”英断”が、自国のEU加盟への促進剤になるか、実に注目材料だと思う。
素人目には、北欧3国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)のイメージとして、まず共同運航のスカンジナビア航空(SAS)が目に浮かぶ。が、お国ぶりはそれぞれ違う。とりわけノルウェーはロシアと国境を接する国。同じくロシアと長い国境線で分かたれた隣国フィンランドが東西冷戦当時、親ソ政策で生き延びたのと逆に、ノルウェーはこの冷戦構造の一端を担った。ノルウェーは米国が盟主の北大西洋条約機構(NATO=1949年発足)の原加盟国で、北欧では米国に極めて近い存在だ。ここにノーベル平和賞の余りに濃い政治性、つまり米国の影をみる。2010年の中国民主活動家、劉暁波、2009年のオバマ米大統領受賞は波紋を呼んだ。2007年アル・ゴア元米副大統領の受賞も、当時のブッシュ大統領による政治記念メダル、いわば”叙勲”と揶揄された。例を挙げればきりがないが、冷戦時にはソ連圏の神経を逆なでする受賞が続いた。1983年ポーランド民主化運動のワレサ、1975年ソ連の物理学者で平和運動のサハロフ、1973年のキッシンジャーと北べトナムのレ・ドクトの痛み分けでは、レ・ドクトが辞退。1974年の佐藤栄作の受賞は、歴史が佐藤の裏面を暴き、いまや疑問符だ。
そのノーベル平和賞選考委員会はノルウェーの英知とされる5人の委員から構成される。ヤーグラン委員長は元首相のほか、外相も経験した人物。さらに元保守党党首・元貿易海運欧州問題担当相、委員再任の進歩党の政治顧問、弁護士でノルウェー法律家協会会長という3人の女史、さらに、これまでも選考委員を務めてきた元オスロ司教で元中央党党首という長老男性。党派性が明確な組織だが、その党派性とは、筆者の取材経験で言うと、北欧の政党は大小コミュニティーの色濃い、実務的な政治集団。北欧”地域発信的”な5人委員会でグローバルな選考をやっていると信じるしかないが、ここにも米国の影は覆い難い。またあくまで米国の公的窓口に過ぎないが、現ノルウェー駐在の米大使は大手国際弁護士事務所の代表歴があり、厚生、福祉、教育問題実務経験者。「実務副大使」格の女性外交官は、途上国でのベテラン人権問題担当官経験者と、歴代重要人物群が充てられる。また米国にとって、ミネソタなど中西部諸州には、スカンジナビアでの森林伐採経験豊富なノルウェー移民の子孫が実に多い。われわれの知るその代表が、カーター政権で副大統領、のち駐日大使を務めたモンデール。北欧ノルウェーと米国の絆は意外に太い。
ノルウェーEU非加盟の不思議に戻るが、近年、国民がEU加盟に同意しない最大の理由は、今回露呈したギリシャ財政危機など、EUの拡大による”不良資産への共同責任は真っ平”という国民性からともいう。北海油田の石油・天然ガスを欧州諸国中心に輸出、それはGDPの約22%、輸出の約67%。なるほど、ノルウェーの「我が道を往く」様相が感じられる。でも、それだけではないだろう。他の西欧、北欧諸国とは違う米国の打ち込んだ“クサビ”を感じざるを得ない。その相似形ともいえる政治力学か過去にはあった。冷戦体制崩壊のひとつの種となったポーランド出身のローマ法王、ヨハネパウロ2世誕生(1978年10月)のケースだ。現在では旧共産圏出身のこの法王誕生に、米国の深謀と影の影響力があったことが知られる。ところでNATO朋友トルコは、ギリシャ財政危機で、EU加盟の道はさらに遠のいたが、イスラム圏ながら長らくEU加盟を目指している。当時、旧ソ連圏と国境を接したトルコを、米国が途中、無理やりNATOに引き入れた。同じく対ロシア国境線を抱えたノルウェーとは対極のケースだ。EUの現状をみれば、懐疑的なノルウェー国民が加盟に賛成するとは思えないが、それ以上に米国はどう動いているのか、米国の影は今後、どのように尾を引くのだろうか。
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