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2015-02-08 16:20
ピケティ旋風に見る日本人学者の怠慢
中村 仁
元全国紙記者
フランスの経済学者、ピケティ教授がマルクスの「資本論」を意識したと思われる大著「21世紀の資本」を書き、大学の教科書にもなるような硬い本が、日米欧で150万部を超えるベストセラーになっています。資本主義には格差を拡大させるメカニズムが働いていることを、2~300年に及ぶデータを分析して歴史的に立証したという研究です。数年前にも、米ハーバード大のサンデル教授(政治哲学)の「さあ正義の話をしよう」が大ベストセラーになり、来日して講演を重ねました。教授が大学で行っている対話、討論型の「白熱教室」がテレビ番組になり、サンデル・ブームがおきました。今度はピケティ・ブームです。日本は著名な欧米系学者にどうしてこうもほれ込むのでしょうかね。
日本の学者は、前回もそうであったように、メディアに登場して論評し、解説書、要約本を書いて出版し、おこぼれに預かっています。教授の「格差論」について、「現実に格差が深刻になっており、否定しにくい」、「いや日本には必ずしも当てはまらない」、「いくつもの疑問点がある」、「英経済紙が計算に疑問があると、批判的な記事を掲載した」とか、いろいろな議論がなされています。日本の経済学者は、なぜこうも欧米の学説、学問の「解説業」、「紹介業」に熱心なのでしょうか。そうした時間があるなら、自分独自の学説、研究を発表し、対抗したらよいのです。ピケティ教授は2~300年間の各国のデータをもとに、何年もかけて、資本主義の内在的な法則を実証的に分析したといいますから、根性が座っています。目先の動き、短期間の経済変動より、もっとスケールの大きな独創的な研究に打ち込んでほしいですね。
若いころ、せっかく米国の大学に雇われたのに、「経済学業界は、どんな事実を説明すべきか知らないくせに、純粋理論的な結論を次々に吐き出しつづけている」との思いから、早々に帰国してしまいました。痛烈な皮肉が示すように、数学、数式に傾斜する米国流の経済学に嫌気がさしたのです。ですからこの本は、米国型の資本主義、そこに開花した米国流の経済学への批判でもあります。「経済学の理論的な考察にエネルギーが無駄遣いされている。解決すべき社会問題の実情が明確にされていない」と、この本で指摘しています。米国の影響を受けすぎている日本の経済学者は、居心地が悪いことでしょう。経済データがとれるようになった時代から手がけ、対象になった国は2~30か国にのぼりますから、ある国のある期間をとれば、教授の指摘があてはまらないケースもあるでしょう。このような2~3世紀にわたる歴史的法則は、いわば「なんでも包み込んだ大風呂敷」の仮説であり、それで十分に使命を果たしています。「ここが違う」、「あすこが違う」と批判しても意味がありません。
「資本が利益を生む収益率は、経済成長率を上回る」、「株式、不動産などからの収益率のほうが高いため、資産のある人に富が集中しやすくなっている」、「金融の機能が変わり、金融部門の投資と実体経済の結びつきがなくなってしまい、大口の投資家ほど高収益をあげる」、「上位の所得層が全体の所得(富)に占める比率が大きくなっている」、「先進国の実質経済成長率は長期的には1~2%にとどまり、高所得層とそれ以外の層の格差は広がる」。現代のわれわれの多くが感じていいる不満、不安を裏付ける形になっています。これに対し、「今後も格差が広がっていくというのには無理がある」、「資産がこどもに受け継がれる欧州型の格差と、努力すれば報われる日米での格差は、事情が異なる」、「存在する租税データをもとに、大胆な仮定をおいて、富と所得を推定しており、データの信頼性に疑問がある」。こんな批判が日本の経済学者から聞かれます。そんな各論より、資本主義、最近ではマネー経済が軸になってしまった資本主義の大きな流れをどう評価するか、こそが問題なのだと思います。
対応策として、教授は「富の集中を生む資本に対し、国際的に共通の累進課税を」と、提唱しています。日本人学者は「そんなの無理だ」と批判しています。本人も「世界的な資本課税は空想的にせよ、いくつかの理由から役立つ」といっているくらいです。むきになって反論するくらいなら、具体的な格差是正策をどうするのかに、頭を使うべきでしょう。手許にある新聞の切り抜き記事にこのようなのがありました。「三井住友銀、外銀の個人部門を買収、富裕層に照準、グループで囲い込み」(昨年12月)です。アベノミクスの効果による株高などの資産インフレや急激な円安で、資産家や大企業は潤っています。金融機関はすでに経済格差、社会格差の拡大をメシの種にしようとしているのですね。ピケティ教授をもっとも警戒しているのが自民党、歓迎しているのは野党だそうで、今後の選挙戦にも影響がでそうですね。
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