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2015-06-21 19:45
ネタニヤフ・イスラエル首相の米議会演説
河村 洋
外交評論家
サウジアラビア元総合情報庁長官のトゥルキー・アル・ファイサル王子は3月19日に英国王立国際問題研究所の講演で、今回のイランとの核協定が中東の安全保障に与える影響の全体像について語った。それは「今回のアメリカとイランの談合によって、湾岸地域でイランの影響力が増大するとの懸念から、域内の核軍拡競争が高まる」というというものである。トゥルキー王子は「イラク政府がイランを刺激することを過剰に恐れているので、サウジアラビアの影響力はイラクにはほとんど及ばない」と述べた。トゥルキー王子はサウジアラビアが今やオバマ政権をそれほど信頼していないことを明らかにしたと言える。サウジアラビアは、去る5月にキャンプ・デービッドで開催された会議に参加しなかったばかりか、パキスタンから核兵器の購入さえ検討している有様である。イスラエルのモシェ・ヤーロン国防相も『ワシントン・ポスト』紙への4月8日付けの投稿で「この協定は抜け穴だらけで、イランが査察官を妨害して、最終的には北朝鮮のように核兵器を保有しかねない」と懸念を述べている。オバマ政権はISIS打倒のためにイランとの核問題での妥協を模索し、さらにはイランに支援されたシーア派代理勢力への支援さえ行なっており、外交問題評議会のマックス・ブート上級研究員は『コメンタリー』誌への3月25日付けの投稿で「アメリカ空軍はイラン空軍になってしまった」とさえ言っている。
他方、イランはイエメンでフーシ、レバノンでヒズボラ、イラクでシーア派民兵といったテロリストを支援している。また、イランはアフガニスタンでも戦闘員を募集し、シリアのアサド政権を支援している。こうした周辺地域での工作ばかりか、イランは全世界で大規模なサイバー攻撃を仕かけている。フロリダ国際大学中東研究センターのアラシュ・ライザネザド研究員は「イランがそれほど挑発的な行動に出る理由は、地政学と国際的な孤立にある。イランは西アジアと中央アジアを連結する位置にあるが、自然の防壁には恵まれていない」と指摘する。歴史的には北方からテュルク系民族が侵入し、メソポタミアはセム系諸国、ローマ、アラブ、そしてオスマン帝国との係争地であった。また、イランはイラン・イラク戦争の時期に自国が欧米からも中東諸国からも完全に孤立していると痛感している。よって「テヘランのシーア派体制は中東地域で自国の代理勢力を支援し、安全保障に関する歴史的な不安を克服しようとしている」と指摘する。 そのため、デービッド・ペトレイアス退役陸軍大将は「シーア派民兵勢力が拡大は危険である。オバマ政権がイラクから性急に撤退してしまったために、イランがそれを中東でのアメリカの力の弱さだと解釈してしまった」という理由でISIS打倒を優先するオバマ政権を批判し、イランの脅威を訴えるイスラエルを支持している。問題はイランが中東の支配、イスラエルの抹殺、そして核開発の継続を目論んでいることである。そうした事態に加えて、イランは核開発で北朝鮮との協力を依然として続けている。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「イランがイエメンで自国の代理勢力を支援している時期だけに、現状は核交渉を進めるには好ましくないタイミングである。弱い合意では彼らの拡張主義を勢いづけかねず、イスラエルは現核協定ではイランへの懲罰もなしに利益だけを供与していると恐れている」と述べた。
以上述べたように、イランとの現在の核協定は、技術的な問題を超えて、中東の安全保障構造の全体に影響を及ぼす。オバマ政権とイスラエルやサウジアラビアに代表される中東の同盟諸国とのパーセプション・ギャップは、これほどまでに大きい。さらに、ロシアと中国は核協定の実施後を見越して国防分野も含めたイランとの関係強化を模索している。この協定が4月に公表されると、ロシアはイランとS300対空ミサイルの売却で合意して、イスラエルの危機感を高めた。ロシアのイラン政策の狙いは欧米の影響力を低下させることである。またロシアの原子力産業はイランの市場を注視し続け、今回の核協定は彼らにとって絶好の機会となる。しかし、オバマ氏はネタニヤフ氏の厳しい対露批判にもかかわらず、ロシアからイランへのミサイル売却を擁護する発言をしてしまい、イスラエルのメディアを驚愕させた。そうした中で中国は、今回の協定がイランからの石油輸入を確保するために必要だと見ている。
このような核協定の欠陥とオバマ政権の中東戦略の危険性にもかかわらず、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は「ネタニヤフ氏がワシントン政治に深入りし過ぎだ」と批判的に論評している。ケーガン氏は決してオバマ政権の外交政策を支持してはいないことを忘れてはならない。それでは、どうしてケーガン氏はそこまで批判的になるのか?ケーガン氏は「ネタニヤフ氏によるワシントン政治への深入りは内政干渉である」と述べ、「アメリカが国家全体としてイラン政策に関するコンセンサスを形成することを妨げる」と危惧しているからである。ネタニヤフ氏の事例は、全世界の国家指導者達に対してアメリカが世界の期待に応えない時にどのように振る舞うべきかを考えるうえで、重要な示唆を与えてくれているのではないだろうか。アジア諸国はオバマ政権の戦略的リバランスに歓迎一色だが、オバマ大統領がアジアの期待に沿うという保証はない。それどころか中国に対しても、イランに対するのと同様な宥和政策をとる可能性は大きい。そのとき世界は一体どうなるのか?ネタニヤフ氏が行なった「招かれざる議会演説」は適切な行動ではなかったかも知れない。しかし、そこには全世界の米同盟諸国が学ぶべき教訓がある。
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