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2015-06-22 10:07
英国キャメロン政権への厳しい評価
河村 洋
外交評論家
イギリスのキャメロン政権が厳しく問われているのは、その国防政策である。キャメロン首相はオバマ米大統領と個人的には良好な関係にある。しかし、それでアメリカの政策形成者の間でキャメロン氏の評価が高まるわけではない。2010年の戦略防衛見直し以来、イギリスの国防能力は縮小され、それが多くのアメリカ人に危機感を抱かせている。今年の3月にアメリカ陸軍参謀長のレイモンド・オディアーノ大将は「イギリスは戦後のアメリカが世界各地で軍事作戦を展開するうえで最も信頼できるパートナーであったこともあり、その国防力削減は英米同盟にとってマイナスである」と発言した。特に、ウクライナ危機以後のロシアの脅威の高まりとISISによる自称カリフ国家の台頭によって、NATO諸国は国防力を再強化する必要があり、イギリスはこうした取り組みを主導すべき立場にある。しかし、現実にはイギリスの陸海空軍は大幅に削減され、その軍事的能力は地球規模での活動の要求を満たすことが難しくなっている。現状では英海軍のマンパワーと飛行部隊の数はクイーン・エリザベス級空母の運用には少な過ぎる。そうした事態にもかかわらず、イギリスの有権者は国防費が海外開発援助(ODA)費を下回っても何とも思っていない。
イギリスの国防の問題は、NATOが掲げたGDP2%という目標達成に過剰に囚われていることだが、実際の軍事的能力は予算の金額で決まるわけではない。海軍史家のアレクサンダー・クラーク氏は「イギリスは自国の国防への要求水準とその目的には何が求められるかを明確にすべきだ」と主張する。実際にイギリスは自国の主権が及ぶ領土の防衛にさえ難題を突き付けられている。スコットランドではロシアの潜水艦がトライデント・ミサイル原潜の基地があるファスレーン近海にまでやって来ている。イギリスはロシアの潜水艦勢力に対抗するために、アメリカ、カナダ、フランスなどの同盟諸国の支援を必要としている。いわば、イギリスはキャメロン政権が対潜水艦能力を削減したために、自国の独自核戦力を守れないでいるのである。イギリスは、ドイツのUボートと戦った豊富な経験によって、冷戦期を通じてNATOの対ソ潜水艦抑止を主導してきた。そのことを考慮すれば、これは驚くべき事態である。
キャメロン政権の致命的な誤りは、ニムロッド対潜哨戒機を廃棄してしまったことである。アルゼンチンでのナショナリズムの台頭も新たな脅威である。イギリス海軍はクイーン・エリザベス級空母が就役しない内にインビンシブル級空母を退役させてしまったが、アルゼンチンはロシアからフォークランド諸島を攻撃できるスホイ24爆撃機を賃借している。イギリスのようなグローバルな海軍国が主力艦に空白期間を作るとは、きわめて信じがたい。イギリスの軍事的能力の低下は外交政策のビジョン欠如と深くかかわっている。サセックス大学のマキシン・デービッド講師は、そうした傾向を「総選挙を前にした4月2日の党首討論では、外交政策はほとんど語られなかった。イラクとアフガニスタンでの戦争への厭戦気運と地域ナショナリズムの高揚によって、イギリスは孤立主義を深めている。さらに国際安全保障への国民的関心の低下によってイギリスの外交政策は通商志向になっている」と分析している。
これが典型的に表れたのが、AIIB(アジア・インフラ投資銀行)への加盟申請で、しかもそれはヨーロッパ諸国の先陣を切ってなされたのであった。問題は世界が直面する脅威が多様化する時にイギリスがグローバルな役割を果たすと期待しにくくなっていることである。イギリスの関与はヨーロッパから中東、アフリカ、アジアにいたる地域で低下している。キャメロン政権は香港の学生運動に対する中国の抑圧にさえ強く抗議しなかった。フランスも軍事的な役割はドイツにとって微妙な問題であることから、イギリスの孤立志向を懸念している。イギリスの国防能力の問題はきわめて根深い。ダウニング街が世界の安全保障と国際公益のためにイギリスの持てる力を全面的に発揮することを忌避している現状は、きわめて憂慮すべき事態である。オディアーノ陸軍大将の発言は全世界のイギリスの同盟国の懸念を代弁したもので、キャメロン首相がオバマ大統領の良き相棒であろうともそれは変わらない。
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