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2016-10-12 06:08
ジュバが安全なら新任務付与は不要
杉浦 正章
政治評論家
物言えば唇寒しか。自民党内に反対論は内在するが、「殿」を諫(いさ)める勇気のある忠臣はいないかのようにみえる。安保法制成立後1年たったいま首相・安倍晋三が南スーダンへの「駆けつけ警護など新任務」の付与へと傾斜しているかのようであるが、党内は寂として声なしだ。防衛相・稲田朋美は10月8日ジュバで「市内は落ち着いている」と強調したが、その日にジュバ近くで市民21人が反政府勢力に襲撃され、死亡しており、やや“ぬけている”姿をさらした。まだ最終判断は12月の着任寸前になりそうだが、悪いことは言わない。アフリカの地で万が一にでも「戦死」を出す義理はない。やめたほうがよい。
安倍が新任務を付与しそうな兆候はいくつかある。一つは、9月12日の自衛隊高級幹部への訓示で、集団的自衛権の行使を容認した安保法制について「仕組みは出来た。制度は整った。後は、これらを、血の通ったものとする。積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と安定、繁栄に、これまで以上に貢献していく。今こそ、実行の時だ」と述べたこと。他の一つは、11日の参院予算委での質疑だ。安倍は7月に発生した大規模な戦闘について「法的な意味での戦闘ではなく、衝突だ」と答えて、ことさら南スーダンが戦場ではないことを強調した点だ。大統領派と副大統領派の大規模な衝突が起き、300人の死者が出ても、「戦闘」ではなく「衝突」なのだから、自衛隊への新任務は、PKO5原則から見ても問題ないと言いたいのだろう。しかし7月の戦闘では中国兵2人が殺害されている。「戦闘」ではなく「衝突」は、内閣法制局の三百代言的解釈の典型だが、まるで戦時中ガダルカナル島「撤退」を「転進」、アッツ島「全滅」を「玉砕」と言い換えたような言葉のテクニックだ。紛れもなく南スーダンは「内戦」とも言えなくもない状態であり、実態はPKO参加5原則に抵触しかねないすれすれの状況ではないか。状況証拠はまだある。安倍が「比較的安全」と発言してきたものを、稲田がジュバ視察後「安全」と言い切った点だ。さらに稲田は「駆けつけ警護は部隊が対応可能な限度において行うものであり、あらたなリスクを伴うものではなく、安全を確保した上で派遣することになる」とも発言している。
ここで根本的に理解不能なのは、安全なのになぜ集団的自衛権の行使にこだわるのかということだ。安全なのになぜ、民間人の危機への駆けつけ警護と、宿舎防衛の新権限を付与するかだ。安全ならば付与する必要もないではないか。9日付けの朝日によれば新たな任務として付与する場合、活動範囲を首都ジュバ周辺に限定する方針を固めたという。ジュバ市内が落ち着いているのに新しい任務がなぜ必要かと言うことだ。背景には安保法制への“実績作り”があるような気がしてならない。南スーダンを作った米英が知らぬ顔の半兵衛を極め込んでいるのに、日本が頑張らなければならない理由が解せないのだ。英フィナンシャル・タイムズ紙は社説で、「自決に道を開く2005年の和平合意にスーダン政府が署名したのは、米国、英国、東アフリカ諸国によるトップレベルでの一貫した関与があったからにほかならない」と強調し、「状況が悪化した今、彼らは目をそらしていた罪を免れない」と述べているが、至言だ。
新聞の社説も割れている。朝日は9日付けの社説「駆けつけ警護、新任務の付与を焦るな」で 「政府は、PKO参加5原則は一貫して維持されているとの立場を崩していないが、ほんとうにそう言えるのか」と疑問を投げかけている。一方読売は12日の社説で新任務付与を政府に促すとともに「万一に備えて新任務を実施する選択肢を確保しておくことは、人道的見地から意義深い。日本に対する国連や他国の信頼も高めよう」 と推進論だ。産経も9月17日付けの社説で「陸上自衛隊の部隊が、『駆け付け警護』と『宿営地の共同防衛』の実動訓練を始めた。新任務として付与できる態勢を整えてほしい」と主張している。推進論はいずれも浅薄で、外交知識もない。読売のように「国連や他国の信頼」など高まるわけもない。1万7千人の国連派遣部隊が存在する中で、緊急時に350人が何をしようと目立つことではない。万一戦後初の「戦死者」が出た場合に政権がどのような立場に置かれるかなどには言及していない。社説子はそこまで深く考えが及ぶ能力がないとみえる。まさに贔屓(ひいき)の引き倒しをやっていることが分かっていない。
君子危うきに近寄らずである。安倍はぎりぎりまで現地情勢を見極めた上で、11月中に付与を決定するかどうかを決断することになるようだ。もし付与を決断すれば、これは野党にとって絶好の選挙テーマとなる。安倍が1月総選挙を考える限りプラスには作用しまい。これまで安倍の右寄り路線は、北朝鮮と中国の攻勢もあり、選挙にプラスに作用したが、新任務付与は「危うき」そのものだ。野党は「過度な右傾化」の露呈と喧伝することは間違いない。だいいち場所が悪い。北東アジアでの集団的自衛権の行使で戦死者が出たのなら、多くの国民に支持されるが、アフリカ“くんだり”はあまりにも国民にとって縁遠い。戦争による“殉職馴れ”している国と、戦後一発も銃弾を発射していないばかりか、戦死者ゼロの日本のケースは、別次元の問題だ。世界にはリスクなれした国とリスクを取りにくい国があるのだ。すぐそこにあるリスクに専念した方がいい。
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