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2016-10-14 06:35
脱北者続出でも金正恩体制は維持される
杉浦 正章
政治評論家
まさに沈没船からネズミが逃げ出すような状態である。脱北者が増加傾向をたどり、韓国在住の脱北者総数は11月で3万人を超える状況になるという。このため韓国大統領・朴槿恵は、受け入れ体制の整備と偶発事態に備えて万全の準備をするよう指示した。脱北者の傾向はこれまでの食糧難から政治体制への不満、よりよい暮らしを求めてという流れに変化してきており、高級官僚の脱北者も現れ始めた。金正恩の圧政が国民の忍耐の限度を超えつつあることを物語っている。しかし、北の体制がいま直ちに崩壊する傾向にはなく、在韓米軍司令官・ヴィンセント・ブルックスも「現在のところ政権崩壊につながるほどの不安定さは感知されない」と言明している。朴槿恵はさる10月1日「国軍の日」記念式典で演説し、北朝鮮住民に対し「いつでも韓国の自由な地に来ることを望んでいる」と呼びかけた。前代未聞の発言である。さらに11日の国務会議(閣議)で、脱北者の増加を「統一に向けたテスト」と述べた上で、「脱北者が韓国社会への定着に成功することは、暴政に苦しむ北朝鮮住民への大きな希望になる」と訴え、受け入れ態勢の強化を指示した。こうした韓国政府の方針は、あらゆる手段で北の住民に届けられており、最近ではドローンを使って農家の庭へと届けられるケースもある。内容は宣伝ビラやビデオ、CD-ROMなどで、閲覧する機器も含まれている。これらの情報や機器は北朝鮮内で高値で売られているようだ。
こうした宣伝工作もあってか、8月に在英大使館ナンバー2の公使が亡命したのには驚かされた。直接の原因は脱北を恐れた金正恩が外交官に25歳以上の子弟を帰国させるようにとの通達を出したことにあるとされる。それよりもっと驚いたのは、金体制防御の要であるスパイ・工作組織・国家保衛部の局長クラスが昨年脱北していたことが分かったことだろう。保衛部では平壌市民の動向を察知する役職に就いていたといわれ、韓国政府に住民監視システムに関する秘密情報を伝えたという。保衛部幹部の脱北は初めてであり、「平壌の民心は熱い」と述べているという。「熱い」とは反金正恩感情のことを指す。さらに北京の北朝鮮代表部所属の幹部が家族とともに韓国へ亡命した。金正恩一家の専用医療施設を担当する保健省出身者で、金の健康状態を伝えた可能性が高いとみられている。労働者・農民ではサンクトペテルブルクに派遣された労働者10人が亡命。豆満江の洪水の水が引いた結果、農民などの脱北も急増した。中国は脱北者を見つけ次第強北朝鮮に制送還しているが、この送還は明らかに人道上の問題がある。国連は座視すべきではあるまい。それにもかかわらず中国が送還するのは、北との関係悪化を懸念していること。加えて見せしめにしないと、雪崩を打って脱北者が続出しかねないからだろう。北の収容施設は満杯の状況であるという。
韓国の統一部は最近の脱北の原因・傾向を調査した。この結果2001年当時と比べて14~16年にかけての脱北は「経済的困難」が66.7%から12.1%へと減少。逆に「自由へのあこがれ」「政治体制への不満」などが33.3から87.8%へと伸びている。金が叔父の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長を処刑して以降、北朝鮮で中核をなす階層の脱北者が増え、それが体制内に不安が広がっていることを裏付けている。処刑は日常化しており、金正恩政権に入り約140人の幹部が処刑されたとの見方がある。金正恩は躍起になって亡命防止策を講じている。最近ではロシアや欧州を担当してきた外務次官・弓錫雄(グン・ソクウン)が、家族とともに地方農場に追放された。駐英公使が今夏に韓国に亡命した事件の責任を問われた形である。傑作なのは、朴の亡命呼びかけに対して北は「堂々たる核保有国であり、人民の地上の楽園として強盛繁栄するわが共和国の威力に戦慄した生ける屍の悲鳴」と声明を発表して強く非難したが、こうした動きは国民に亡命急増の事実を認めることになり、かえって亡命を煽る結果となっている。まさに焼け石に水のような状態である。
朴は韓国軍に対して、「偶発的な状況に対する万全の準備をしなければならない」と指示した。実際に米韓両軍は、北朝鮮体制の急変に対処する「作戦計画5029」を作成したといわれる。ただ、これによって北が体制崩壊に直面しているかと言えば、早計であろう。韓国の「東亜日報」は社説で、専門家が「性急な北朝鮮崩壊論に基づいた北朝鮮政策は合理性に欠ける」と指摘していることを紹介している。こうした、北の体制維持は中国の極東戦略が大きく作用している。「東亜日報」は、北朝鮮と中国が平壌と北京で開かれた中国建国67周年記念式典に自国の大使を互いに出席させたことなどを挙げて、「5回目の核実験後に冷えていた関係を修復しつつある」と分析している。 中国は、北の体制が崩壊し、韓国が半島を統一して、国境線豆満江で米国と対峙することを「悪夢」としており、北の体制が圧政だろうが暴政だろうが、この基本戦略を維持し続ける構図といってよいだろう。金正恩はこの中国の姿勢を見抜いており、恐怖政治の手を緩める気配はない。
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