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2016-11-19 06:57
トランプ外交にキッシンジャーの陰
杉浦 正章
政治評論家
首相が外交指向であると言うことは、いかにプラスが大きいかの左証となった。一年交替の首相では、外交は外務省ペースのみとなる。まず、安倍は世界の指導者に先駆けて、トランプの本質を見極めたといえる。トランプの本質を見極めなければ、世界で最初に会談するような“度胸”が出るわけがない。事実トランプは、打って変わった紳士的かつ礼儀をわきまえた会談であったと言う。会談は安倍が「ともに信頼関係を築いていくことができると確信の持てる会談だった。私はトランプ次期大統領は信頼できる指導者であると確信した」と述べただけで、大きな成果があったとみるべきであろう。日本の株価が一時18000円を突破したことがすべてを物語る。これに日米同盟重視の方針が加わったことは間違いない。両者の笑いがそれを物語る。この安倍による「信頼できる指導者」発言は世界を駆け巡った。選挙中の暴言で、外交的にも国内的にも「四面楚歌」であったトランプにとってみれば、救いの神であったに違いない。米国内でも日本は好感度の高い国であり、その指導者の発言となれば、少なからぬ影響を及ぼしたであろう。安倍は個人的信頼関係を世界の指導者に先駆けて得たことになる。習近平も韓国外交も顔色なしということであろう。
安倍は記者会見で、日米同盟を基軸とする日本の外交安全保障政策など、基本的な考え方を説明したとしたうえで、「さまざまな課題について話をした」と述べた。この言葉から探れば、まず極東の安全保障問題に言及した可能性がある。中国の海洋進出、北朝鮮の核・ミサイル実験、韓国の政情不安など同盟関係を揺るがす激動期にある北東アジアに関して、安倍が「解説」抜きで終わらせたことはあり得まい。トランプもおそらく外交・安保がテーマになることを意識したのであろう。数少ない同席者に元国防情報局長で国家安全保障担当大統領補佐官への就任が予定されるマイケル・フリンを選んでいる。中東専門家でアジア情勢のプロではないが、最近の来日で状況は把握している。安倍は対中包囲網堅持の戦略にも言及した可能性がある。
トランプがどう答えたかも藪の中だが、一つ推測の道がある。それは、トランプがニクソン政権時代の特別補佐官で、1971年には対中隠密外交で米中和解への道筋を付けたキッシンジャーを師と仰いでいることである。キッシンジャーは、ニクソン外交を取り仕切り、国務省などとの激しい権力闘争に勝って、ニクソン政権では国家安全保障会議(NSC)が外交政策の決定権を独占した。トランプはそのキッシンジャーの自宅を今年5月18日に訪問、米国の外交・安保方針について勉強している。訪問以前も訪問後もたびたび電話で教えを乞うている。傍若(ぼうじゃく)無人のトランプがキッシンジャーに関してだけは「キッシンジャー氏を尊敬している」と述べている。その発言がキッシンジャーの発言とも微妙な一致を見せているのも無理はない。
まず最近のキッシンジャーが何を言っているかだが、読売とのインタビューで安倍について「安倍首相は強力な指導者だ。日本も他の国と同様、勢力均衡の新たな変容を受け、外交を適応させていくことになる。首相のもとで日本外交は、より幅を広げていくことになるだろう」と発言している。おそらくトランプにもそう語ったに違いない。影響を受けて、遊説中にトランプは「安倍は米国経済にとって“殺人者”だ。ヤツはすごい」と発言している。「強力な指導者」がトランプ語では「ヤツはすごい」となるのだ。北朝鮮に関してトランプが金正恩について、「彼は頭がおかしいか天才か、どちらかだ」と分析しているが、これもキッシンジャーの分析ではないか。トランプはロイターとのインタビューで、5月17日に「私は金正恩と話をしたい。何の問題もない」と発言しているのは、周恩来との秘密会談で、日本の頭越しのニクソン訪中を実現させ、米中和解へと導いたキッシンジャーの手法に酷似している。
行き詰まりをトップが自ら解決する手法だ。で、対中政策についてキッシンジャーが何を語っているかだが、読売
には「中国を囲む国々を見ると、それぞれ米国と協力することで均衡を保てる状態である。むろん、日本とインドは、強力な国だが。米国は今後も、アジア太平洋の国として扱うべきであろう。ただ、私は中国に対して、包囲網を作ることには反対する。米中関係のみを基軸とした外交政策にも賛同しない」と、述べている。この見解をトランプがインプットされているとすれば、安倍に語ったかどうかは分からないが、トランプは対中包囲網に消極的である。これは極東の安全保障体制の一大転換に直結する流れとなるが、国務・国防両省はほとんど確実に路線変更には大反対であろう。実現するかどうかはまず困難と見る。さらに安倍の言う「さまざまな課題」の一つがTPPであっただろう。安倍の説明は極東安保に不可欠な存在としてもTPPの必要性を強調した可能性が高い。中国の力を過大なものにしてしまうという懸念である。しかし、「就任初日にTPPから離脱する」と発言していたトランプは、おそらく聞き置くことにとどめたかもしれない。ここは鮮明に立場を打ち出す場面ではあるまい。米国抜きでもTPPを推進することは可能だし、トランプがどう出るかについては「変化」への選択肢を安倍が示したことは間違いない。従ってこればかりは“熟柿作戦”でいくしかあるまい。
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