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2016-11-21 06:59
北方領土での経済協力先行論を危ぶむ
杉浦 正章
政治評論家
まず経済協力先行のロシア大統領・プーチンと、あくまで経済協力と同時に北方領土返還を実現しようとする首相・安倍晋三がぶつかり合っているというのが俯瞰図であろう。そして60年間続いてきた北方領土交渉の原点で折り合いが付かなかった。つまり戦後のどさくさに紛れて日ソ中立条約を一方的に破棄して4島を占領したソ連の主張を、プーチンが依然受け継いで「主権」の存在を譲らず、安倍の「帰属の問題を解決して平和条約締結」とする主張と折り合わなかったのだ。経済協力をテコに事態を進展させようという安倍戦略は、壁にぶつかった。しかし、プーチンの北方領土での「共同経済活動」の提案に、安倍が乗らなかったのは賢明だった。まだ入り口でぶつかっているようでは、先が思いやられる。来月15日の長門会談での決着はまず困難であろう。ロシアと言えば大国に見えるが、GDPは韓国に次いで12位、日本の3分の1の国だ。ここはG7の原点にかえって、大盤振る舞いなどは行わず、経済制裁で締め付ける側に回らなければ、ロシアの熊は痛痒を感じて妥協に出てこないのかもしれない。
日本側の発表は控えめで、内容がつまびらかではなかったが、ロシア側の大統領府報道官ペスコフの発表内容は会談が相当厳しいものであったことをうかがわせる。プーチンは「日露の貿易が今年に入って前年比36%減少した」と指摘し、「これは世界経済を取り巻く情勢とともに、第3国による政治的な措置の結果だ」と述べたのだ。第3国とは米国を指すことは言うまでもないが、まるで安倍がオバマの言いなりになっているかのような表現であり、儀礼を欠くこと著しい。9月の首脳会談後安倍は「新しいアプローチに基づく交渉を具体的に進める道筋が見えてきた」と楽観的見通しを述べた。今度は打って変わって安倍は「道筋は見えてきているが、大きな一歩を進めるのは容易でない」「70年間できなかったわけで、そう簡単な課題ではない」と大きく舵を切った。「大きな一歩が容易でない」とは、「4島返還は当初から無理だからさておいて、2島返還すら容易でない」ことを意味している。何がネックになっているかと言えば、その最大のものは「主権」問題であろう。プーチンは明言を避けているが、その配下にある上院議長ワレンチナ・マトヴィエンコは「4島に対するロシアの主権は変わらない。主権を放棄することはできないと思う」と言明している。
これは「4島の帰属問題解決」を平和条約締結の前提とする安倍の主張とは真っ向からぶつかる。つまり、古くて新しい帰属問題が依然として交渉に影を落としているのだ。安倍は「2島返還+α」の「+α」にこだわっているに違いない。+αのポイントは、歯舞・色丹返還に加えて、国後・択捉返還への可能性を残すことだ。それには歯舞・色丹のみならず、国後・択捉の帰属が日本にあることをなんとしてでも明示させなければならない。将来の返還に道筋を残す重要ポイントの一つだ。しかしロシア側は「4島すべての主権はロシアにある」と主張して譲らない。歯舞・色丹も「返還」ではなく、1956年宣言にあるとおり「引き渡す」なのだ。つまり「贈与」である。プーチンは10月27日に「期限を決めるのは不可能で、有害ですらある」と領土交渉が長引くことを示唆していたが、リマ会談の流れはその色彩をいっそう濃くするものなのであろう。プーチンはかつて経済的苦境のあまり領土交渉を「引き分け」と発言、柔道用語で日本側を誘い込んだが、最近では相手を釣り揚げて、投げる「釣り込み腰」や、相手の力をフルに利用する「巴投げ」などを駆使し始めた。さすがに一筋縄ではいかない政治家である。そのこすっからさは群を抜いている。
この「変化」というよりは、「本音」の露呈の背景には、主権問題に加えて、国後・択捉は、中国の軍艦が北極海航路でヨーロッパへと向かう経路にあることから、安保上の要衝となり始めたことが挙げられる。国後・択捉には軍隊を常駐させている上に、今後は軍港を建設する方針であり、ロシアにとって地政学上の重要性は増しこそすれ減少することはない。さらに、米国大統領選の結果が作用している可能性がある。プーチンはトランプのプーチン礼賛を評価しているのだ。トランプは9月7日に「プーチン氏が、私について良いことを語ってくれるなら、私もそうする。プーチン氏はわれわれの大統領よりもはるかに優れた指導者だ」と賞賛している。プーチンはこれを日本を引き込んで、「G7分断を図る必要もない」と受け取ったフシがある。露米関係が好転すれば、西欧もこれに続くから、領土返還という政治的リスクをおかしてまで日本を利用する必要もないというわけである。しかし、トランプはその後10月5日に、「(プーチン氏を)愛していないが、ひどく嫌ってもいない。どういう関係になるのか、そのうちわかる」「良い関係を築けるかもしれないし、ひどい関係になるかもしれない。その中間かもしれない」と軌道修正していることに気付いていないのかもしれない。
さらに、ロシア側の主張は法的にも困難を伴うものが多い。例えば北方領土での経済協力先行論だが、返還または主権の確認なしにロシア領土で経済協力をする馬鹿はいない。ロシアの領有権を認めることになるからだ。これは日本が一番気をつけなければならない問題でもある。事実プーチンは安倍に「共同経済活動をしたい」と提案したが、安倍は応諾しなかったようだ。まだ12月15日の会談で何らかの進展する可能性は否定出来ないが、いきなりエベレスト登頂を達成することは容易ではないだろう。安倍の深刻な表情は、長門会談でのサープライズ効果を狙った演技と見るには、ほど遠いものであった。
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