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2016-11-29 05:43
TPP挫折後の自由貿易の主導者は日本か中国か
杉浦 正章
政治評論家
トランプは米国を再び偉大な国にできない。逆に中国を偉大な国ににしてしまう。それが環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る構図だ。トランプによって早期発効は困難となり、トランプが作る自由貿易の真空地帯を中国が埋めるか、日本が埋めるかの勝負になりつつある。人民日報は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の早期締結に向けての主張を展開し始めた。RCEPをテコに米国抜きの「弱体化したTPP」を巻き込み、中国主導の貿易システムの構築を図る意図を次第に明らかにし始めたのだ。これはTPPが最も嫌う「社会主義市場経済を柱に据えた貿易システム」が環太平洋を支配することにほかならず、首相・安倍晋三は阻止しなければ中国に主導権を完全に奪われる。米議会の諮問機関の発表によると、中国が濡れ手にアワで勝ち取る経済効果は880億ドル(約9兆6千億円)に達するという。
早くも11月17日の段階で人民日報の電子版「人民網」が中国の今後の戦略を説き起こしている。それによると「(1)大統領選の勝者がトランプ氏だっただけでなく、共和党が上下両院で主導権を握ることにもなった結果、オバマ大統領が離任前の議会でTPPを発効させることは不可能になった、(2)バトンをつなぐのは誰かといえば、世界3位の経済大国の日本は、ほぼ準備ができているようにみられ、日本はTPPをめぐってリーダーの責任を果たす意志を明らかにした、(3)アジア太平洋地域の二国間・多国間の自由貿易メカニズムには、いずれもリーダー役が必要であり、米国が政治的要因でTPPをあと少しのところで挫折させた今、中国はアジア太平洋地域一体化の推進でより多くの責任を果たさなければならなくなった」との戦略論を展開している。紛れもなく中国が主導権を握るべきとする論調だ。そして「人民網」は、ペルーのクチンスキ大統領が「米国を含まない新しい環太平洋経済協力協定を構築すべきだ」と述べ、オーストラリアのビショップ外相が「TPPが進展できないなら、その空白はRCEPが埋めることになる」と発言していることをとらえて、「TPP内部崩壊の兆し」を予言している。
こうした動きをとらえてか、米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は16日公表した年次報告書で「TPPが発効せず、中国が主導しているRCEPが発効した場合、中国に880億ドル(約9兆6千億円)の経済効果がもたらされる」との試算を紹介した。トランプの主張するTPP脱退が逆に中国の立場を強めると警告したのだ。一方選挙中「就任初日にTPPから離脱する」と主張していたトランプは、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議による「あらゆる形態の保護主義に対抗する」という宣言に、まるで当てつけるかのように「就任当日に離脱を通告する」と再度明言した。度しがたい男はいっぱいいるが、度しがたい次期大統領は初めて見た。トランプほど事の重要性を理解しないで発言する次期大統領は見たことがない。トランプの主張と異なり、米国の通商関係のあらゆるデータは「TPPで雇用が失われる」と指摘している。さらにトランプは、TPPの極東安保上の戦略的意義など全く認識の外だ。TPPは自由貿易の推進に加えて非関税障壁の撤廃に重点を置いており、国営企業を中心に社会主義市場経済路線を推進している中国の路線とはまったく合致しないのだ。合致しなくて中国が入ることができないからこそ、TPPには中国包囲網としての効果があるのだ。にもかかわらずトランプは対中強硬路線を唱えながら、TPPの撤廃を唱えており、まさに小学生でも言いはばかる論理矛盾だ。
代替措置としてトランプは2国間交渉で自由貿易を進める方針を唱え始めたが、多数を相手にしては不利になるから1国づつ個別に籠絡しようという野心がすけすけで、乗る国は少ないことは自明の理だ。中国は対米輸出制限につながるから、安易には応じないだろう。米国では「箱を開けたら死んだ猫が入っていた」というブラックジョークがはやっている。確かに実際に就任式のふたが開いたら、何をしでかすか分からない危険性のある大統領だ。しかし、中国にしてみればトランプの反TPP路線は願ったり叶ったりであり、まさに大統領選は棚から牡丹餅の幸運を中国にもたらすかに見える。しかし、これに待ったをかけられるのは、TPP賛同諸国ではGDPトップの日本の安倍しかいない。安倍には、いわば「対中自由貿易論争」の先頭を切らざるを得ない役割が巡ってきているのだ。従って今国会でのTPP批准は絶対に避けて通れない。蓮舫のように事態の重要性を理解せず、言葉尻を捉えて、ニワトリが自分の前の餌だけをつつくような質問を繰り返すような野党党首は無視した方がよい。蓮舫は、安倍トランプ会談が会うこと自体に効果があったことを全然理解していない。
安倍のとるべき戦略は、まずTPP加盟国の批准を促し、中国による分断工作に乗りそうな国々への説得工作を続けることであろう。そうして団結を維持して、トランプがようやく事態の何たるかを悟るまで待つ作戦だ。熟柿を待つのだ。ホワイトハウスに上がってくる情報は、これまでトランプが得ていた与太情報とは、情報のレベルと質が格段に異なる。その情報を分析すればするほど、TPPの重要性を理解せざるを得なくなるはずだ。加えて、RCEPでも、日本は社会主義市場経済の欠陥を露呈させて、RCEP主導でアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)へと発展させることにくさびを打つべきである。FTAAPは何らかの形で米国を巻き込んで、TPP主導で実現を図るべきであろう。トランプを説得して「TPPは嫌でも、FTAAPはいい」と言わせるのも、手かもしれない。猿にトチの実を「朝に三つ、暮れに四つ」やると言ったら怒ったため、「朝に四つ、暮れに三つやる」と言うと、今度はたいそう喜んだ、という「朝三暮四」戦略である。ここはまさに高度の国家戦略が求められているときである。
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