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2016-12-14 06:43
トランプは対露接近・対中封じ込めの基本戦略か
杉浦 正章
政治評論家
次期米大統領トランプが中国にとって聖域である「1つの中国」の原則にとらわれないという衝撃的な発言をした。これに対し「環球時報」は「子供のように知識がない」と決めつけたが、果たしてそうか。筆者はその発言はより深い思考に裏付けられていると受け止める。国務長官に親ロシア派のティラーソンを起用したことと合わせて考えれば、そこには世界的な対中包囲網構築の戦略が垣間見える。中国大使に親中派を起用したのとは、真逆の大きい人事である。南シナ海での米国のプレゼンスは、オバマ政権以上に強化される流れであろう。また「1つの中国」への懐疑路線は、トランプが対中カードの取引材料として打ち出したものとも受け止められ、とても子供では思いつかない巧妙なる新政権の基本戦略ではないだろうか。
確かに1971年のキッシンジャーによる隠密外交と、72年のニクソン訪中、79年の米中国交樹立は、「1つの中国」の是認がすべての前提になっている。国交樹立に当たっての共同声明は「中華人民共和国が唯一の合法政府であることを承認する」と述べており、歴代米政権はこれを順守して今日に至る。しかしトランプはこの中国政府が掲げる「1つの中国」の原則を12月11日、「様々な取引ができなければ、なぜ『1つの中国』に縛られなければならないのかわからない」と言明した。そのうえでトランプは、「様々な取引」の内容について、「アメリカは中国の重い関税や通貨切り下げで不当に苦しめられている」と主張したのだ。加えてトランプは、南シナ海での人工島の造成や北朝鮮の核開発問題への対応も批判し、「1つの中国の原則を堅持するのかは、中国の対応しだいだ」とけん制した。
まさに中国にとっては青天の霹靂(へきれき)であり、「そこまで言うか」の衝撃が走った。外相王毅が「持ち上げた石を自分の足に落とす結果となる」と毒づけば、「環球時報」は「トランプよ、よく聞け。中国は『1つの中国』で取引をしない。発言はトランプが子供のように知識がない米大統領候補であることが分かった」と最大級の批判をした。しかし「中国は我々の雇用と資金を奪っている。気をつけないと我々を破滅させる」というトランプの警戒心はどこから出ているかといえば、大統領選で歩いたラストベルト(さびついた工業地帯)の惨状から発している。五大湖周辺で鉄鋼業など産業が廃れた6州などでトランプがクリントンに逆転勝利したのは、圧倒的な競争力を持つ中国の鉄鋼産業に押されまくっている現実を前に、対中批判を繰り返した結果である。思いつきなどではなく、自らの足で察知した実感に基づく発言なのである。
また対中戦略に関する発言は、国際的に見ても方向性は間違っていない。まず南シナ海への中国の進出についてトランプは「南シナ海の真ん中に中国は築くべきでない巨大要塞を築いた」と批判した。これは1992年までに米軍がフィリピンから撤退した結果、中国の進出を許した状況を転換させる意図をうかがわせる。「オバマのリバランスはかけ声だけで対応が手ぬるい」と見ている証拠である。フィリピンのトランプであるドゥテルテも「トランプ氏はともに暴言吐く仲間、アメリカとの喧嘩はやめた」と方向転換を打ち出しており、トランプ政権下南シナ海における米国のプレゼンスは強まるだろう。それもどちらかといえば「守り」に傾いたオバマの戦略と異なり、「攻め」の姿勢を濃厚に打ち出す可能性が高い。もちろん東シナ海においても「尖閣が日米安保条約の適用範囲内である」というオバマの方針は維持強化される流れとみられる。さらに北朝鮮問題についても、トランプは「中国は北朝鮮問題でわたしたちの手助けを行わないなど、我々は中国のせいで大きな打撃を被っている」と不満を述べた。これは核実験、ミサイル実験と繰り返される金正恩の暴挙を野放しにしているのが中国であるという現実を鋭く指摘しており、北朝鮮問題の核心を突いているのだ。
台湾総統蔡英文との電話会談について、トランプは「電話は私がかけたのではなく、かかってきたものだ。電話に出てはいけない、と他国にいわれるのはおかしくないか」と中国の批判に反発している。しかし電話に出ること、そしてその内容を語ることの意味を、トランプが意識していないはずはない。これは「1つの中国」への懐疑発言へと連動してゆく契機になっている。そもそもトランプは「1つの中国」問題に言及するに当たって、わざわざ「私は『1つの中国』の原則は理解している」とことわっている。まさに思いつきで発言したのではなく「確信」的に言明したのだ。冒頭述べたように、国務長官人事でプーチンと長い親交があるティラーソンを起用したのも、微妙な影響を対中関係に及ぼすだろう。トランプとプーチンは冷戦後最悪の米露関係の改善へと動くことは間違いなく、中国はロシアをつなぎ止める方策を考えなければなるまい。プーチンが北方領土問題で、一転強気の方針をメディアに公言し始めたのも、対米関係好転の雲行きを意識したものと受け止められる。こうしてトランプ政権の誕生は、米露接近という大きな流れと対中封じ込めという戦略を軸に、トランプが「我」を強く打ち出し、ダイナミックな展開を見せそうな状況である。
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