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2016-12-29 06:54
真珠湾訪問は「トランプ“教育”」と「対中牽制」
杉浦 正章
政治評論家
今回の日米両国首脳によるアリゾナでの慰霊・鎮魂の行事は、国民の支持率をあえて予想すれば、おそらく80%を超えるだろう。戦後の日米外交・安保関係にとってもきわめて重要な到達点となる。オバマの広島訪問と対(つい)の形で行われた神聖なる「儀式」でもある。しかし、激動期に入った世界情勢から俯瞰すれば、これは一種の通過儀礼にすぎない。この日米安保蜜月の演出が、今後我が国の外交・安保にどのような影響をもたらすかに焦点を当てて分析すれば、次期大統領トランプへの“教育”が60%、覇権国家を目指す中国への牽制が40%といったところであろう。新聞やテレビの報道で安倍の真珠湾訪問を「とげ抜き」と表現したものが多かったが、果たしてそうか。日米関係にとげなど刺さっていただろうか。もし日米関係にとげがあるなら世界中の国々は茨の牢獄に閉じ込められていることになる。米イースト・ウエスト・センター所長チャールズ・モリソンは「重要なのは安倍首相が真珠湾に来たこと。すべての戦争犠牲者に敬意を表し、平和な未来への決意を示したこと。安倍首相はいまさら和解に重点を置く必要などないのだ」と看破しているが、その通りだ。
朝日は29日付の社説「戦後は終わらない」でも「真珠湾で先の戦争をどう総括するか発信しなかったことは残念でならない」と安倍所感を批判しているが、これほどとんちんかんな社説にはお目にかかったことがない。安倍は2015年4月の上下両院合同会議での演説で「痛切な反省」と「深い悔悟」というこれまでにない強い表現で総括しているではないか。従って今更「とげ」など抜く必要はないのだ。むしろ戦争など全く知らない戦後生まれの両国リーダーが陳謝や謝罪を繰り返すことほど空々しいものはない。安倍演説で未来志向の「和解の力」と「希望の同盟」で、世界レベルの将来を切り開く方針を明らかにしたのが正解なのだ。野党は総じて顔色なしだ。蓮舫はハワイの真珠湾を訪問したことに関し「大変大きな意義がある」と述べる一方で、「不戦の誓いと言いながら、なぜ憲法解釈を変えて安保法制に突き進んだのか」と疑問を投げかけている。これも外交音痴の論理矛盾に満ちている。蓮舫の言う「大きな意義」は安保法制の実現なくして達成できなかったことが分かっていない。
そこで両首脳の真珠湾訪問の影響だが、まずトランプがどう出るかだ。両首脳とも明らかにトランプを強く意識している。オバマは自らの作り上げたアジア回帰のリバランス戦略の必要性を首脳会談で見せつけたのであり、安倍は日米安保体制の米世界戦略における重要性について“教育的指導”をしたのである。トランプは選挙期間中「日本が米軍駐留経費の負担を大幅に増やさなければ、在日米軍の撤退を検討する」「北が核を持っている以上、日本も核を持った方がいい」と発言した。最近も「環太平洋経済連携協定(TPP)参加は就任後即時破棄」などと述べている。安倍・オバマ会談はこのトランプに対する重要なるメッセージの役割を果たしているのだ。まず日米同盟について「同盟深化」を基調に打ち出し、日本核武装論などは論外として言及せず、在日米軍の撤退などあり得ない方向を再確認した。トランプはまさか就任後再び日本核武装論を唱えることはあるまい。一方で、在日米軍の防衛費の負担像についても、日米防衛当局の積み上げによって年間6000億円という世界でトップの防衛費分担をしている国に、さらなる負担像を求めることは困難であることが次第に分かるであろう。
ただ、トランプは日本の防衛費がGDPの1%にとどまっていることを突くかもしれない。これは北朝鮮の暴走や中国の膨張路線の対処するためには無理からぬことでもあり、一定の歯止めを付けた上での1%突破は検討してもよいのではないか。トランプは安倍との会談を世界に先駆けて行って以来、そうむちゃくちゃな対日政策を述べなくなってきている。加えて安倍・オバマ会談の背景には国務・国防両省の方針が強く反映されているのは確実であり、両省は今後政権移行チームやトランプに対して、会談にのっとった対処を求めていくのは当然であろう。従ってトランプも政権就任直後は急転換は無理にしても、TPPなどは1年を待たずに軌道修正する可能性が否定出来ない。安倍がトランプ就任早々に会談をする方向で根回しをしているのは正解である。
対中牽制効果については、さっそく中国外務省副報道局長・華春瑩が「主に中国に向けたパフォーマンスの要素がかなりある」と反応したことから分かる。華春瑩は、「日本の指導者がどこを訪れ、中国人の犠牲者を弔うべきかについて、私の同僚がすでによい提案をしている」と述べ、今月7日に別の報道官が発言した「南京大虐殺記念館など、中国にも戦争の犠牲者の弔いができる場所は多くある」という考えを改めて示した。真珠湾訪問のインパクトは、世界のマスコミが大きく取り上げたことからも明白なように、中国への衝撃は大きい。強固な日米同盟を見せつけられて、空母・遼寧の示威行動くらいではとても戦略的に勝ち目がない。それだけに、中国が今後ことあるごとに「南京での謝罪」を唱え出すことは目に見えている。最近、社民党党首・吉田忠智も記者会見で、「中国、朝鮮半島に耐え難い苦痛を与えたのも事実だ。象徴的な南京に行くべきだ」と主張した。しかし尖閣問題や南シナ海での軍事要塞設置で冷え込んでいる日中関係と、緊密なる同盟関係にある日米とは月とすっぽんの違いがある。謝罪に至る基盤が違うのである。ブラックジョークを言えば、社民党は自ら政権を取った後に「吉田首相」が率先して南京を訪問すればよいのだ。頑張ればできる。
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