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2017-01-10 06:07
世界を覆う孤立・保護主義の暗雲
杉浦 正章
政治評論家
まさに暗雲漂う世界情勢である。ことは尋常ではない。臆面もなく孤立主義と保護主義を打ち出す米次期大統領。オランダ、フランス、ドイツの選挙で極右の台頭不可避の形勢。まるで第二次大戦前夜にも匹敵する空気が世界中をおおっている。すべてが移民問題にその根源を発している。激動の核となる存在が、次期米大統領トランプにほかならない。波乱が目に見える新年は珍しいが、幸いなことに移民問題が存在しない日本は、極右が台頭する気配がない。右寄りの首相・安倍晋三が右の不満を吸収しており、米欧に比べれば国民の不満は比較にならないほど小さい。人手不足は切実だが、安易な移民への依存政策は行うべきではない。しかし自由貿易の旗は生命線であり、日本は降ろすわけにはいかない。反グローバリズムの台頭は先進国首脳会議が率先して押さえるべき課題であり、安倍は5月のシチリア・サミットなどで訴え続ける必要がある。米、露、中のはざまで、安倍外交のしたたかさと、真価が問われる年だ。
過去3代の米大統領が連続で8年の任期を果たしたため、きたる1月20日に就任するトランプも長期政権になるような錯覚があるが、大統領の任期は1期4年で2期までとなっている。過去にも評判が悪く、国内世論を対立させ、失策続きの大統領は、4年またはそれ以下の任期で辞任している。歴代では45人中26人が、戦後も13人中5人が4年以内に辞めるか、暗殺されている。トランプの場合は、選挙結果を見れば有権者の過半数がクリントンに票を投じており、国内世論も統一どころか分裂を招き、それに加えてモスクワゲート事件まで発生している。プーチン直々の選挙干渉である。昔なら戦争に発展してもおかしくない大陰謀だが、これは尾を引いて政権を陰に陽に直撃する。筆者はウオーターゲート事件を取材して、米国のマスコミの執拗さは尋常でないことを知っている。トランプが軽く「選挙に関係ない」などと言える性格の問題ではない。重要なことは、トランプが4年しか持たなければ、環太平洋経済連携協定(TPP)も慌てて断念する必要もさらさらないということだ。
それでは、かつて一世を風びした少年漫画「銭ゲバ」ではないが、トランプの「銭ゲバ」路線は現実のものになり得るのだろうか。何を言おうとしているのか分析不能にもかかわらず、早くもその経済政策に「トランポノミクス」などというもっともらしい呼称が付いたが、筆者に言わせれば「トランポノフールミクス」にすぎない。経済諸原則から見ても成り立ち得ない矛盾と自家撞着に満ちているからだ。株屋は利用してもうければいいから今のところは「買い」に走っているが、暴落の時が必ず来る。株屋は売り逃げできても大衆は丸損という構図は目に見えている。就任当初は意気軒昂でも、トランポノミクスはその性質上一進一退を繰り返し、最後は死に至りかねない病でもある。世界有数の信頼すべきメディアである英エコノミスト誌が「『米国第一』を声高に叫ぶドナルド・トランプは、危険なナショナリズムの新兵だ」と看破しているのは、宜(むべ)なるかなである。
矛盾撞着の核心部分はメキシコとの関係に表れている。トランプはメキシコでの新工場設立をフォードに断念させたことに味を占めて、トヨタにも断念を迫ったが、さすがにトヨタは蹴飛ばした。政府の入れ知恵か、独自の分析かは不明だが、メキシコからの自動車輸入に35%の関税をかけるなどということは現実的に不可能である、ということが分かっての対応だろう。その「トランポノフールミクス」の核心部分を解けば、関税引き上げには北米自由貿易協定(NAFTA)を解消させることが不可避となる。メキシコ、カナダとその交渉をしても一挙にことは進まない。時間がかかる。メキシコは米国からの大量の穀物、牛肉輸入に対しても高関税を要求するだろう。勝手に脱退することは可能だが、脱退しても関税は最大2.5%にとどまる。なぜなら米国は世界貿易機関(WTO)のメンバーであり、35%の関税をかけるならWTOから脱退しなければならないからだ。そもそも米国が強く関与したWTOの基本原則は(1)自由(関税の低減、数量制限の原則禁止)、(2)無差別(最恵国待遇、内国民待遇)、(3)多角的通商の体制であり、これを米国自身が打ち壊せば、世界は高関税の応酬合戦となり、それこそ経済戦争、強いては本格的な世界大戦へと発展しかねない。戦前の歴史を見れば、その危険は十分あり得ることだろう。これを承知でトランプが突っ込めば、まさに事態は「トランポノマッドミクス」に変容する。トランプにその度胸はあるまい。
外交安保では対中関係が当面の焦点となる。最大のポイントはトランプが、米政府が1979年以来堅持してきた「一つの中国」政策を続けるべきか疑問視する発言をしたことであろう。トランプは「通商を含めて色々なことについて中国と取り引きして合意しない限り、どうして『一つの中国』政策に縛られなきゃならないのか分からない」と驚くべき発言をしている。米国は1979年に台湾と断交して以来、台湾を分離した省とみなす中国の「一国二制度」方針を尊重し、台湾を独立国家として扱うことは避けてきた。トランプ発言はこれに真っ向からさおさすものである。台湾総統の蔡英文と電話で会談。中国はこれに正式抗議したが、トランプはさらに中国の為替政策や南シナ海での活動を批判するツイートで反論した。これから見る限り、トランプの反中政策はかなり筋金入りのように見えるが、いつ商売人根性が顔を出すかは予断できない。最初は対中強硬路線で、途中からがらりと変わる例は米大統領の専売特許だ。ニクソンではないが、いつ日本の頭越しに外交を展開するかは予断を許さない。こうした世界情勢の中での日米関係だが、トランプは在日米軍基地の費用分担を最近は唱えていない。日本は経費の75%を負担しており、これまでも指摘しているようにこれ以上の負担をするということは、米軍が日本の傭兵になることを意味する。トランプは日本の基地が米世界戦略のみならず、通商も含めた米国のアジア太平洋におけるプレゼンスの要石になっていることを、早急に悟らなければならない。日本の基地あってこその米国であり、中国の膨張政策で両国はいわば運命共同体の側面を強めていいる。いくら何でも大統領就任演説は、選挙中の発言をそのまま主張することはあるまいが、世界の外交・安保、通商・経済問題は、トランプが何を言うかによって、大きな影響を受けるに違いない。
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