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2017-01-22 05:43
トランプの矛盾撞着は、米国版“がめつい奴”
杉浦 正章
政治評論家
「米国第一」と唱えるのは自由だが、すべてを外国のせいにしてはいけない。トランプの大統領就任演説をつぶさに分析すればするほど、菊田一夫の戯曲「がめつい奴」を思い起こす。攻撃的な言葉の羅列、怒りの露骨な表現。そして想像を絶するような国粋主義。「アメリカの利益は善であり、不利益は悪」という。虚構の矛盾撞着演説の根底に潜むものは、白人至上主義。白人と言っても、トランプ自身は「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)」の国米国では一段下に見られるドイツ系の先祖を持つ。戦後の大統領ではアイクと親しまれたアイゼンハワーがドイツ系だったが、そのモットーは「物腰は優雅に、行動は力強く」だった。トランプは、似ても似つかぬ姿を露呈した。米国の分断を一層深くして、米国人の心の中に「南北戦争」時代をほうふつとさせる、深い亀裂をもたらした。要するに大統領就任演説のレベルは、これまでトランプが選挙戦で発言してきた選挙のプロパガンダを国政のプロパガンダに格上げしただけのものであった。「大統領職に就けば変化するのではないか」という期待を見事に裏切り、自らが国民統一の核であるに事すら気付いていない。これまでの大統領が就任演説で述べてきた、敗者への配慮などかけらもないからだ。あるのは、「アメリカ第一主義」「アメリカ製品を買う」「アメリカ人を雇う」「アメリカを偉大な国にする」などなど、アメリカ賛美だけだ。
きわめて重要で看過できない矛盾撞着がある。それは「政治家は潤ったが、職は失われ、工場は閉鎖された」「工場は錆びつき、アメリカ中に墓石のごとく散らばっている」「こうしたアメリカの殺戮(さつりく)は、今ここで終わる」などと発言した部分だ。そして「雇用を取り戻す」とつながるが、そこには虚構の問題提起がある。なぜなら、米国の失業率は昨年12月で4.6%であり、戦後まれに見る完全雇用の状態だ。米連邦準備理事会(FRB)が同月利上げに踏み切ったとき、その最大の根拠として挙げたのは、この完全雇用であった。完全雇用とは、自発的な失業はあっても、非自発的な失業は存在しない状態を言う。要するに、働く意欲のないものが「失業状態」にあるのが現実なのである。しかし、トランプはあたかも米国が失業者で満ちあふれており、これが中国、日本、メキシコのせいだというのだ。
中西部のラストベルト地帯から獲得した票を意識したのであろうが、ラストベルト地帯が鉄鋼生産や製造業から離脱、転換し始めたのは半世紀も前だ。1970年代の同地域の労働運動の合い言葉はsteel(鉄鋼)とsteal(窃盗)をかけた「ジャップ・スティール」だったが、これが「チャイナ・スティール」に代わり、産業構造の大転換を迫られた結果、さび付いた鉄工所や製鉄炉が残存するのだ。日本ならすぐに片付けるが、国土の広い米国ではいちいち片づけてはペイしない。トランプは墓石と言うが、問題の上面しか見ていない。アメリカの製造業は労働集約型の生産工程では低賃金の国に負けるので、この領域から離れ、高付加価値製品の生産と先進的無人化生産方式に移行している。移行に成功したから現在の繁栄があるのだ。ラストベルト地帯はアメリカでも輸出量で一番の地域である。むしろ好況を謳歌しているのだ。トランプは選挙運動でいったい何を見ていたのかと言いたい。そもそもの彼の世界観の多くが、対日関係を見ても1970年代、80年代の発想から成り立っており、認知症老人に多い若い頃の思い込みの幻影かと思えるほどの発言だ。
さらに北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しで、メキシコからの輸入に335の関税をかけるというが、これも矛盾そのものだ。演説でも「保護こそが偉大な繁栄と力に繋がる」と、驚くべき保護主義丸出しの方針を示したが、高関税政策はトランプの大切にする白人貧困層を直撃する。物価は高騰し、中国製の安物でかすかすの生活をしている貧困層をさらに窮乏させることになるのだ。もちろん、財政出動による公共投資は一時的に景気を上向かせることができるが、せいぜい持って1年という見方が強い。だいいち、閣僚は誰を見ても大富豪か、株屋ばかりであり、これらの閣僚が弱者に対する的確な政策を打ち出せるかは、疑問だ。2年後の中間選挙では馬脚が現れて、共和党が惨敗し、過半数を割り、トランプがレームダック化するとの見方がある根拠はそこにある。
さらに危険な兆候は、政治も軍事も経験のないトランプが、“禁じ手”に出る事だ。それは安全保障と貿易不均衡を両てんびんにかけた得意のディールである。拡張主義の中国に「一つの中国」政策の見直しで圧力をかけ、貿易で譲歩を勝ち取ることはやむを得ない。しかし、同盟国日本に通商問題で脅して、在日米軍の経費負担や防衛費の増額、中東などでの軍事協力などを求めてくる可能性がある。多国間交渉を嫌い、二国間交渉を主張する魂胆はその辺にあるのかもしれない。筋違いもいいところであり、首相・安倍晋三はなめられてはいけない。演説はヨーロッパでもトランプへの警戒論を強めこそすれ、弱めてはいない。演説で「古い同盟を強化し、新しい同盟も作る」と、ロシアに秋波を送った発言が、EUに衝撃を及ぼしている。イスラム国対策だというが、ロシアと対峙している長年の北大西洋条約機構(NATO)の同盟関係ですら、根底から揺るがしかねない発言だ。ロシアに対する世界観が甘すぎるのだ。NATOのリーダーとしての存在すら危うくしかねない同盟国への“揺さぶり”は、必ずアメリカ自身の頭に落ちてくるダモクレスの剣である。それを初歩から教育しなければならないのがトランプだ。言葉をもてあそぶ王者には常に危険がつきまとっている。
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