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2017-01-25 06:02
安倍は「米国抜きTPP」不採用で“、待ちの姿勢を
杉浦 正章
政治評論家
環太平洋経済連携協定(TPP)問題の焦点は、日本がアメリカ抜きで発足に踏み切るか、それとも米国の翻意を促すかに絞られているが、どうやら後者の対米説得路線を取る方向が強まったようだ。1月24日の閣僚発言もその方向を示している。一方トランプがTPP離脱の大統領令の中で「アメリカがTPP交渉から永久に離脱することを指示する」と述べていることが判明、少なくともトランプ説得は当面は困難な状況に立ち至った。これにより、TPPは当分実現性がないまま漂流状態に陥り、日本は“待ちの姿勢”で転機をうかがう可能性が強まった。トランプはさらに、日本からの自動車輸入にまで無知をさらけ出した要求をし始めた。安倍は2月の首脳会談では言うべきことは言う姿勢を貫かなければなるまい。
トランプは日本からの自動車輸入について「日本では我々の車の販売を難しくしているのに、大きな船で数十万台の車が入ってくる」と、選挙中の発言を繰り返し、自動車貿易で譲歩を迫る姿勢を示した。しかし、これは事実誤認に基づいた的外れの要求であり、無知をさらけ出している。日本からの対米自動車輸出には2・5%の関税が課せられる半面、米国からの対日輸出の関税は既にゼロであり、売ろうと思えば売れるが、性能が悪くて売れないだけだ。おまけに現在ではホンダは9割超、トヨタは7割を米国で生産しており、今後75%になる方向だ。日本の自動車メーカーは米国の雇用に大きく貢献していることを、トランプは理解していない。要するに、先に指摘したように、80年代の思考しかできない大統領であり、たとえ2国間交渉を呼びかけてきても、安易に乗る必要はない。交渉の前提がでたらめでは、交渉のしようがないではないか。おみおつけで顔洗って、出直して来いと言いたい。
一方TPPについて安倍は、11月にブエノスアイレスで「米国抜きでは意味がない。根本的な利益のバランスが崩れてしまう」と述べていたが、その意味については米国を説得するつもりなのか、別の方途を考えるのか不明であった。トランプの離脱方針決定後、オーストラリア、メキシコ、ペルーなどから米国抜きでも発足させるべきだとの主張が出されていた。オーストラリアのターンブル首相は23日安倍に電話で米国抜きの発足に同調するよう求めた模様であり、安倍はことわった可能性が強い。その証拠に閣僚らが24日の閣議後の会見で、一斉に米国抜き論への否定的見解を述べ始めた。農水相山本有二は「日本としては協定の発効を目指して、粘り強く働きかける方針であり、トランプ大統領が大統領令に署名したことは、日本の姿勢に何ら影響していない」と述べるとともに、「いまは政権が始まったばかりであり、全体が機能してくれば、TPPの考え方もおのずから変わってくる、という期待感を持っている」と変化の可能性を強調した。TPP参加国がアメリカを除く形での発効を検討していることについて、山本は「そうした道に進む考えは持っていない。アメリカ抜きという判断をした段階で、アメリカのTPP参加の可能性は無くなるので、従来のTPPの枠組みの中で貿易ルールを仕上げたい」と全面否定した。
官房副長官萩生田光一も「TPP協定は米国抜きでは意味が無く、米国抜きでは根本的な利益のバランスが崩れてしまうという認識だ。11か国での行動ということを前提として考えていない」と述べた。TPPを担当する経済再生担当相石原伸晃も「腰を据えてアメリカの理解を求めていくということに尽きる」と発言、副総理麻生太郎、外相岸田文男も同様の見解を述べている。安倍自身は明言していないが「腰を据えて理解を求めていきたい」と述べるとともに、「TPPは今後の通商交渉のモデルとなり、21世紀の世界のスタンダードとなることが期待される」と述べ、日本と欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)や中国を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などの交渉に好影響があると説明した。この首相発言から見る限り、当面は不可能にしてもトランプの説得に当たり、変心か、トランプ政権が早期に行き詰まり新大統領が方針転換するまで待つという“待ちの姿勢”を維持する方針のようだ。逆に安倍はEUとの交渉を促進し、早期に妥結にこぎ着ける方針であり、その土台としてTPPを活用してゆくことになろう。RCEPについては中国主導であり、これを日本主導に切り替えられるかどうかの瀬踏みを続けることになろう。
こうしてTPPは11か国の内部に異なる見解を抱えたまま漂流せざるを得ない状況となった。安倍があくまで対米交渉にこだわり、11か国での発足を選択しない背景には、基本的に損得勘定があるものとみられる。TPPに占めるGDPの構図は、米国が60.4%、日本が17.7%で、合計2国だけで78%を占める。多国間協定ではあるが日本にとって米国が占める割合がきわめて大きい。簡単に言えば、オーストラリアの原料で日本が製造し、米国に製品輸出すれば、関税はゼロになる図式だ。最大の消費国米国が抜けた場合、他の加盟国ではこれを補うことはできない。二国間交渉では達成できない譲歩を勝ち取ることができた側面もある。加盟していない中国や韓国の製品は低関税とはならないから、日本は有利になる。逆に「米国抜き」なら、日本は10か国の食品、原材料を無関税・低関税で輸入しなければならず、製品輸出の市場は限られる。米国が参加してこそ日本の帳尻は合うわけである。安倍が「米国抜きでは意味がない」と述べた謎は、これで解ける。オバマには「それでも米国は帳尻が合う」と判断する能力があったが、感情丸出しの保護貿易主義のトランプでは理解する能力に欠けているのが実情だ。加えてTPPのプラス面は安全保障面でも大きなものがあった。膨張政策を続ける中国に対して、環太平洋の「経済同盟」は包囲網としての役割を果たすことになったはずだ。いずれにしても、ここはTPPの灯は消さないで、長期的なスパンで対応すべきであろう。
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