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2017-02-23 05:21
「君側の奸」バノンを潰すか、トランプ政権が潰れるか
杉浦 正章
政治評論家
古くは孝謙天皇の寵愛を受けた弓削道鏡か、それともロシア帝国崩壊の一因をつくった怪僧ラスプーチンか。どうもトランプの懐深く入り込んだスティーブン・バノンの有様を観察すると、その種の陰謀請負人のような感じがする。とりわけトランプがホワイトハウスになかった首席戦略官の地位を与えた上に、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーに抜擢するという異例の人事を断行したことに驚く。別名「極右の火炎放射器」に、戦争と平和を左右しかねないパワーを付与してしまったのだ。バノンにとって目の上のたんこぶだった、国家安全保障担当のマイケル・フリンを失脚させたのはCIA情報だが、バノンが陰で暗躍したというのは常識のようだ。しかし、トランプ政権1か月を見ると、国務・国防両長官は世界中を駆けずり回ってバノン主導による過激な「トランプ発言」の“火消し”に懸命になっている。フリンの後任になった「物言う軍人」陸軍中将ハーバート・マクマスターは、バノンの“強敵”になり得る。米政権内はスターウオーズではないが、邪悪なる別称「ダースベーダー」に対する正義のヒーローには事欠かない。しかし、バノン潰しは容易ではない。
62歳のバノンは昨年8月にトランプの選対本部長に就任、自らの過激発言を口移しでトランプに発言させ、勝利を得た。メディアはみな選挙判断を間違ったが、バノンは「メディアは負けたのであり、屈辱を味わい、しばらく黙っていろ」と反メディア色を鮮明にした。トランプがこのところよく使う「メディアは野党だ」のフレーズも、バノンの受け売りだ。バノンは、人種差別や反ユダヤ主義の主張が飛び交うネット上の運動であるオルタナ右翼(もうひとつの右翼)「ブライトバート・ニュース」の前会長だ。オルタナ右翼とは右翼思想の一種で、トランプを支持し、白人ナショナリズム、白人至上主義、反ユダヤ主義、反フェミニズム、排外主義、アンチグローバリズムなどを中核的な思想としている。トランプが負けると思った選挙に勝ったのは、バノンの過激戦略のせいであるから、ちやほやするのは無理もない。大統領執務室に最も近い部屋を与え、いつ何時でも接見を許している。もともとトランプは「売って、ナンボ」の世界に生きてきた“商売人”であり、政治信条などさらさらなかった。というより、国家の命運を左右する安全保障に関する基礎的なノウハウや、人種のるつぼである米国統治の基礎的な知識など、ゼロと言ってもよかった。これに「思想」というものを、吹き込んだのがバノンであった。バノンの右翼ポピュリズム的な思想が、砂漠に染み入る水のごとくトランプの脳内を右寄りに活性化させ、その口からバノンの言葉をおうむ返しのごとく発言し続けたのだ。
米国民はこの異質な大統領候補をまるで西部劇のヒーローのごとく受け止め、当選させたのが実態だろう。「メキシコ国境に壁」「在日米軍引き揚げ」「NATOは古い」の“3ばか発言”も、バノンからの受け売りだ。さすがに官僚組織は、これを国家的な危機の到来と認識した。日米同盟、米欧同盟は国家の成り立つ基本であり、これを毀損しては対中、対北、対露、対中東戦略が全く成り立たない。だから、真っ青になったマティスが、最初に日本を訪問、トランプ発言の打ち消しに懸命になったのだ。国務長官ティラーソンはNATOとの関係を修復。今度はティラーソンと国土安全保障長官ジョン・ケリーが22~23日にメキシコを訪問し、大統領ペニャニエトや外相のほか、内務、国防相ら複数の関係閣僚と会談する。明らかに「壁」発言で生じた亀裂を再構築しようというものだ。さらに重要なのはバノンが、そのアンチ・グローバリズムの極みである、中東7か国からの移民差し止めの大統領令を出させたことである。行政は大混乱、司法は違憲と判断して大統領令を差止め、西欧諸国から総スカンという結果となった。まさに大失態であり、大失政である。日本なら首謀者バノンは真っ先に国会やマスコミで追及されて、辞任に追い込まれるケースだろう。
こうしたバノンによるトランプ操縦の失策は、ニューヨークタイムズをして、痛快にも「スティーブン・バノンほど、自身の権力基盤を厚かましく強化した側近は、これまでいなかった。そして、ボスの名声や評価をこれほど早く傷つけた人物も、かつて見当たらなかった」と書かしめるに至ったのだ。まさに「君側の奸」の実態が明らかになった。トランプはこうした事態に至ってもバノンを重用し続けるのだろうか。おそらく当分重用し続けるだろう。なぜならいままだ“夢心地”であるからだ。バノンの“催眠術”にかかっている可能性もある。しかしバノンは次第に政権内部で孤立化してゆくだろう。ティラーソン、マティス、マクマスターら正常なる方向感覚を持っている政権幹部も、バノンの尻拭いに甘んじているようなヤワな人種ではない。双方の激突がやがて始まるのは火を見るより明らかだ。加えてメディアの対バノン戦も一段と苛烈さを増すに違いない。だいいち早く切れば切るほどトランプ政権は長続きするのであり、これに早くトラさんが気付くかどうかにかかっている。
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