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2017-05-24 06:07
TPPはベトナム・マレーシアの説得がカギ
杉浦 正章
政治評論家
菊池寛の「父帰る」は、かつて家族を顧みずに家出した父が、落ちぶれ果てた姿で戻って来たことをテーマに据えた戯曲だが、まるで環太平洋経済連携協定(TPP)のアメリカの姿を見るようである。やがて帰らざるを得ないと見る。捨てられそうになった家族である11か国は、長兄日本の努力で漂流気味の状態から離脱して、命脈を保つことが出来た。今後の焦点は、ベトナムやマレーシアが、「アメリカ抜きでは話が違う」と強い不満を抱いていることだ。日本としては、11月のTPP閣僚会合までにあの手この手で両国を説得して、「TPP11」の結束を保って発足にこぎ着け、将来の米国復帰を待つ、という両面作戦を展開することになる。レベルの低い自由貿易協定で発足させようとしている中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に席巻される事は、なんとしてでも回避して、TPPの高い理想を維持しなければなるまい。
首相・安倍晋三はかつてからトランプのTPP離脱表明について「日本が意思を示さなければ、TPPは完全に終わってしまう」と危機感を募らせ、「TPPは決して終わっていない。アジア太平洋の発展に大きな意義があり、なんとか推進したい」と前向き姿勢を堅持してきた。その根底にある戦略は、(1)11か国でスクラムを組み、高いレベルの自由貿易協定を維持すれば、たとえトランプがTPP以上の自由化要求をしてきてもはねつけることが出来る、(2)中国主導のRCEPは国有企業改革や投資の自由化に消極的であり、日本としてはTPPを先行させて、RCEPの水準を引き揚げる必要がある、という対米対中両にらみのものである。
この基本構想に対して、TPP11内部は大きく3つに割れた。オーストラリア、ニュージランドは対日農産物輸出増をにらんで賛同し、カナダ、メキシコはトランプの北米自由貿易協定(NAFTA)反対に忙殺され傍観、ベトナムマレーシアは前記の理由で消極的であった。今後の焦点は米市場を重視して慎重姿勢をとるベトナムやマレーシアをいかにして説得するかだ。ベトナムなどは現在の協定内容の大幅な変更を求めかねない状況にあり、協定内容の大幅な変更を避けつつ、いかに意見の相違点を克服できるかがポイントだ。日本の主導権が問われる場面だが、ここは視点を広く持って日本とベトナム・マレーシアとの経済的な結びつきを深め、経済援助や技術者研修制度の拡充なども推進して良好な関係を構築することだろう。例えば両国首脳を個別に日本に招待して、安倍との首脳会談で根回しをすることも考えられる。
もう一つの焦点は、対米関係である。5月21日の閣僚声明では、アメリカを念頭に、「原署名国の参加を促進する方策も含む選択肢」を検討することが盛り込まれた。TPP11の本当のゴールは、11か国にとどまるのではなく、最終的にアメリカの復帰を促して、もとのTPPの形を復元することであり、これこそが、日本がTPP11の実現に力を入れる真の狙いと言ってもよい。これは一見荒唐無稽に見えるが、米国の政局を見忘れてはなるまい。筆者は米国の政局が政権発足早々からロシアゲート事件を軸に流動性を帯びており、トランプの支持率も35%と最低水準にあり、政権は長くて4年の任期を全うすることが精一杯ではないかと思う。場合によっては、来年の中間選挙前に副大統領マイク・ペンスに代わる政変すらないとは言えない。従って新大統領がかたくななトランプの保護貿易主義を転換させる公算もあり得るのだ。
保護貿易主義の流れが世界経済を停滞させて、マクロで見れば自国にブーメランとして帰ってくることは、戦前の歴史が証明している。トランプはTPP11が結束し、日本が欧州とも自由貿易協定を結び、ある意味で対米包囲網を実現させれば、自らの主張する2国間協定に影響が出ることは避けられないことを悟るだろう。関税にしても多国間協定以上に下げられなければ、2国間協定にこだわるメリットがなくなるからだ。こうしていまや日本は、好むと好まざるとにかかわらず、自由貿易を推進する旗手の役割を果たさざるを得ない状況になりつつある。TPP11と米国との橋渡し役になると同時に、トランプ保護主義の防波堤になるという、二律背反の役目を演ずることになるのだ。まずは日本の提唱で、7月に高級事務レベル会議が開催される。11カ国の中で経済規模が最大の日本がリーダーシップを発揮する機会でもある。安倍は週末のサミットでも会議をリードする役割を果たす必要があり、時にはトランプに「友情ある説得」をする必要も出てこよう。
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