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2017-12-16 19:59
トランプ政権のエルサレムへの大使館移転について
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
トランプ政権のエルサレムへの大使館の移転決定が問題となっている。この問題は、日本国内では、あまりに杓子定規的に捉えられているので、雑感を述べたい。日本では、相変わらず反米主義的なトーンの言説が華やかなようだ。確かに、今回の決定は、外交的戦略によるものというよりも、米国内向けの決定であると言うべきで、政権内のペンス副大統領やクシュナー特使などの意向にそうものだと考えるべきだろう。ただし今回の決定は、1995年のエルサレム大使館法の適用の6ヶ月延期の期限切れにあたって、移転の決定はしたが、実際に移転する時期は定めず、あらためて延期するというものだ。エルサレムが東西に分割される可能性を放棄したものではなく、トランプ大統領の悩みを感じることはできる。
ポイントは三つある。第一は、国際社会における最大の論点は、国連安保理決議478(1980年)その他による要請に反しているか、反しているならばそれはどういう意味を持つか、である。対テロ戦争を共に戦う欧米諸国が一斉に批判しているが、それは具体的な政策判断の是非をめぐる批判なのだと言える。日本国内では相変わらず、日本政府が十分にトランプ大統領を批判していないので、糾弾しよう、といった論調が目立つ。しかし決議478の当該部分は必ずしも法的拘束力を持つわけではなく、批判のトーンに各国の立場の相違に応じた違いが見られるのは、それほど奇異なことではない。むしろ国際ニュースでは、日本を含めた現在の安全保障理事会理事国14か国が、つまりアメリカだけを除いた全ての理事国が、トランプ大統領の決定に批判的に懸念を表明したことのほうが広く伝えられている。第二に、中東情勢への影響であるが、アラブ人の民族意識で問題をとらえる論調があるのは、やや時代錯誤な感を受ける。アメリカ批判の急先鋒に立って中東の世論の喚起を主導しようとしているのは、トルコやイランなどの非アラブ国となっている。アラブ諸国の反応は概して穏便だ。アラブ圏域では、サウジアラビアなどの湾岸諸国による経済封鎖措置を受けて、急速にトルコとイランに近づいたカタールが、アルジャジーラなどを通じて、トランプ批判の報道を行っている。背景には、モハメド・ビン・サルマン皇太子が実権を掌握して、大規模な変動が起こっているサウジアラビアが、シリアやイエーメンをめぐって先鋭化したイランとの対立関係から、アメリカとの結びつきを再確認し、イスラエルにも近づいていたことがあった。トランプ大統領の決定とその反応のパターンが、分断された中東の現状を反映したものであることは、ほんの少しでもアメリカがからんでいない場合でも中東情勢のニュースに気をつかっていれば、すぐにわかることである。
第三に、アメリカが中東和平を主導できないことは、すでに一つの現実となっていた。アメリカのパレスチナ問題としての中東和平への関与の大きな分岐点は、1993年のオスロ合意であったと言えるが、それは1991年湾岸戦争によって歴史上かつてないほど中東への影響力をアメリカが確保したことの反映であった。それから四半世紀が過ぎ、特にイラク戦争の混乱をへて、アメリカの影響力が見る影もない状態にまで低下したことは、明白であった。トランプ大統領の決定は、その現実をふまえながら、対テロ戦争を遂行していく態度の現れとして理解するべきだろう。そうでなければ、批判する場合でも的外れになる。トランプ大統領の外交は、今のところ東アジアでは比較的うまくいっているが、それは、北朝鮮という国際社会が共通の敵とみなす存在があればこそであろう。東アジアでは、自国の利益と他国の利益の調整を図りやすい構図があるのだ。それに対して中東や欧州では、事情が異なる。アメリカが自国の利益に基づいて独自の政策をとることが、アメリカと利益を共有しない勢力の利益と衝突する。対テロ戦争が恒常化し、国際社会の構造的な問題となっている情勢の中で、各国がそれぞれの立場をふまえながら、苦闘しているためだ。
おそらく今回の決定が和平交渉に起死回生の契機をもたらす、と考えるのは、楽観的すぎるだろう。だが現実には、アメリカが1993年当時のような中立的ブローカーを装っても、先行きの見えない和平交渉が前に進む見込みは乏しい。経営者=つまり商人のトランプ大統領は、自らの利益を明確に伝えながら、相手の利益確保も提案する交渉スタイルに慣れているだろう。交渉相手に対しては、だが。したがって次の一手は、パレスチナ側への譲歩提案である。繰り返すが、うまくいく見込みは乏しいが、良くも悪くも、それがトランプ大統領のスタイルだということだ。日本も国際社会の道義的規範を遵守しながら、自国の立ち位置も見定めて、対応を決していかざるをえない。日本政府の政策評価は、反米主義の扇動にもとづくのではなく、より冷静な情勢分析判断にもとづいて、進めていくべきである。
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