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2018-02-09 23:52
渡邊啓貴教授に対する御礼
河村 洋
外交評論家
渡邊啓貴東京外国語大学教授におかれて、先日(2018年1月27日付投稿)の本欄での拙質問にご回答いただき、誠にありがとうございます。アフガニスタンやサヘル諸国にようにテロリストの根拠地となっている失敗国家に対する先進諸国の介入支援については、ECOWASのような地域機関が受け皿になる必要があるとのご指摘は大いに啓発されました。この考え方は、イラクおよびアフガニスタン駐留軍の最高司令官として現地部族社会との協力関係を重視したデービッド・ペトレイアス陸軍大将やジョセフ・ダンフォード海兵隊大将らの見解とも多いに重なるものと思われます。その一方で、アフガニスタン安定のための域内諸国の協力体制となると非常に心許ないのが現状です。まず挙げられるのは印パ関係の緊張が両国の独立以来続いていることです。南アジアの二大国が核拡散やイスラム過激派の問題をめぐって対立しているようでは、南アジア地域協力連合などによる協力を望むことは極めて難しいと思われます。それに加えてパキスタン領内でアフガニスタンとの国境地域などにおいて、パキスタン政府の支配が及ばぬ地域がテロリストの根拠地となっています。それによってアフガニスタンとパキスタンの相互不信が深まっていることも問題です。こうした地域情勢に加えて中国が「一帯一路」政策のためにパキスタンで建設を進めているCPEC(中国パキスタン経済回廊)によって印パ緊張が悪化しているので、両国の信頼醸成に域外諸国がどのように関わるかも重要になると思われます。
さらにトランプ政権の政策についても言及せねばなりません。ドナルド・トランプ大統領のテロ対策は移民の排斥には積極的ですが、アフガニスタンのようにテロの根拠地となっている国々の近隣諸国での地域協力の推進にはきわめて消極的です。また域内諸国や地域社会と現地駐留米軍との関係を取り持つべき国務省の人員およびポストの削減、それどころか国際開発庁と同省の統合までしようとしています。国家間の外交を取り持つ国務省と現地社会のエンパワーメントを行なう国際開発庁では、その役割も採用される人員も全く異なるので企業のような「費用対効果」の観点からの省庁統廃合は全く意味を成しません。トランプ政権下でこうした政策を推し進めるレックス・ティラーソン国務長官に対して「政権内の大人」の役割を期待する声が日本国際フォーラムの各種会合などで聞かれますが、私はそうした考え方に疑問を抱いています。日本が失敗国家の再建に関与するには外交の方針明確化が必要との主張にも多いに啓発されました。この件に関して、私は安倍政権の外交方針が理念重視なのかリアリストなのかという疑問点を解明できればと思い続けてきました。私としてはこの問題を論じた投稿を考えているのですが、何分にも大きなテーマなので手つかずのままになっています。まず考えられることは、安倍外交の理念重視の側面を代表するものとして「自由で開かれたインド・太平洋」構想の提唱、そしてTPP11の交渉推進が挙げられます。他方でリアリストの側面を代表するものには、プーチン、エルドアン、ドゥテルテ諸政権のような独裁政権と友好関係の構築が挙げられるでしょう。今後の日本にとって次に誰が首相になろうとも、安倍レガシーがどのようなものになるかはきわめて重要になると思われます。
さて、そうした独裁政権を相手にしたリアリスト外交の必要性も否定はできませんが、具体的な事例を見るといくつかの疑問点も浮かんできます。まずトルコについては2013年にエルドアン政権が中国からHQ-9防空ミサイルシステムを導入しようとした際に、安倍政権はNATO諸国とともに説得に当たってその計画を撤回させました。まさに「地球儀を俯瞰する外交」を掲げた安倍晋三首相の面目躍如といえる出来事でした。しかしながら、昨年にトルコがロシアからさらに高性能なS-400防空ミサイルを導入しようとした際には、それを日本が阻止する動きは見られませんでした。対トルコ外交がこのように一貫性を欠いては理念のうえからもリアリズムのうえからも疑問を抱いてしまいます。また、河野太郎外相はトランプ米大統領のエルサレム首都承認発言によってイスラエルとパレスチナの仲介に乗りだそうという動きを見せるほど中東外交に熱心であるだけに、今回のS-400導入阻止動いた様子がなかったことにも疑問を感じています。ロシアに対しても積極的な経済協力の見返りに北方領土の返還を促すというアプローチは頓挫しています。
日本にとって最も重要な日米同盟について言えば、上記のような理念とリアリズムの相克がさらに複雑になっています。トランプ政権は世界の自由と民主主義の擁護者でなくなったばかりか、内政のうえでもマイノリティの権利軽視やメディアとの敵対姿勢、行政・司法・議会への圧迫、閣内および党内を中心とした個人崇拝の強要といった具合であり、少なくともこの大統領と日本政府が理念を共有することは不可能と思われます。ただしアメリカという国家の主流である官僚機構、軍部、メディア、シンクタンクなどとは理念を共有してゆけます。その一方でリアリズムの観点からは、中国の海洋進出や北朝鮮の核兵器といった地政学的な脅威には、たとえ相手がトランプ現大統領であってもアメリカの抑止力が日本にとっては絶対的に不可欠です。そのような状況で安倍政権が対米関係において日本の理念を貫いているのが、トランプ政権の離脱にもかかわらず他の11カ国によるTPP発効による自由貿易の推進と言えると思われます。本題についての議論が、今後も皆様の間で深まればと願ってやみません。
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